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「週末2時間なら行けるかも」 多忙な現役世代を循環器病から守る新たな受診スタイル

公開日: 2025.10.29
更新日: 2026.2.19
「週末2時間なら行けるかも」 多忙な現役世代を循環器病から守る新たな受診スタイル

軽視している間に取り返しのつかないレベルにまで進んでしまいがちな不整脈や高血圧といった循環器系疾患。それらの多くは働く世代が必ず受ける「健康診断」によって分かる部分も多いものです。実際に毎日忙しく働くビジネスパーソンはどう予防し、どう対策すべきなのか、日本大学医学部附属板橋病院循環器内科の超臨床家である奥村恭男主任教授に具体的な方法を伺いました。

インタビュイー

奥村恭男(おくむら・やすお)
日本大学医学部附属板橋病院 副病院長
内科学系循環器内科学分野 主任教授

インタビュアー

野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー

働く世代に忍び寄る循環器疾患リスク

──循環器疾患は高齢者の病気と思われがちですが、働く世代では、どのような点に注意すべきでしょうか?

奥村先生:確かに、データを見れば心筋梗塞の好発年齢は65歳くらい、そして心房細動が顕著に増え始めるのも、男性で60歳頃から、女性はホルモンの影響もあってかそれより10年ほど遅く、70代からです。このように明らかな男女差と年齢による増加傾向があります。そういった意味では、40代、50代の、いわゆる働き盛りのど真ん中で発症する方が多数派というわけではありません。

しかし、「まだ若いから大丈夫」という考えは非常に危険です。50代で心房細動を発症する方はもちろん珍しくありませんし、その背景には現代社会ならではのリスクが潜んでいます。特に注意が必要なのは、肥満をはじめとする生活習慣病との関連です。過食、運動不足、ストレス、睡眠不足など、生活習慣病のリスク要因と言われているものは、すべて心房細動のリスクも高めます。また、これはあまり知られていませんが、統計的には体が大きい、つまり高身長の方も心房細動になりやすい傾向があることがわかっています。

こうした様々なリスク因子が組み合わさって、定年を迎える少し手前、60代前半あたりで心房細動を発症するというのが、臨床現場で我々が最も多く目にする典型的なパターンの一つです。会社の第一線で活躍し、もうひと頑張りというところで病に見舞われる。ご本人にとっても、会社にとっても、大きな損失であることは言うまでもありません。

──無症状で多忙な現役世代のケアが重要である一方で、その世代はなかなか受診にまで結びつかない印象があります。

奥村先生:それが本当に難しく、私たちの「永遠の課題」だと思っています。症状がない人、つまり本人の認識では健康そのものの人をどうやって動かすのか。例えば、健康診断で「要精密検査」という紙を渡されたとして、それをきっかけに通院や治療などといった行動に移せる人は、もともと健康意識が高い人でしょう。問題は、そうではない大多数の、健康にあまり気を使わない層、ここにどうアプローチするかになります。

この層の人々は、「症状がない」ことと「日々の仕事が忙しい」という二重の壁に守られて、受診という行動を先延ばしにします。我々医療者側からすると、放置すれば将来、脳梗塞で倒れて半身まひになったり、重い心不全で日常生活もままならなくなったりする未来が透けて見えるわけです。そうなってからでは、ご本人のQOL(Quolity Of Life:生活の質)が著しく低下するだけでなく、ご家族にも多大な負担をかけ、社会保障費も増大してしまいます。無症状の段階で適切に介入できていれば、そうした大きな損失を防げる可能性が高いのです。この事実を、どうすれば「自分ごと」としてリアルに感じてもらえるのか。ここに全てがかかっていると言ってもいいでしょう。受診して治療を受ける、という行動変容を促すための社会的なフローを、本気で構築する必要があります。

早期発見・早期対応がもたらす2つのメリット

──万が一、心房細動が見つかった場合、どのような治療が行われるのでしょうか。早期に治療するメリットを詳しく教えてください。

奥村先生:それは非常に重要なポイントです。私たちはただ「リスクがある」と伝えたいわけではありません。「早く見つければ、今は非常に良い治療法がある」という希望をこそ伝えたいのです。診断されても、決して悲観する必要はありません。

心房細動の治療には、薬物療法と非薬物療法がありますが、近年めざましく進歩しているのが、私の専門である「カテーテルアブレーション」です。これは、足の付け根などからカテーテルという細い管を血管に挿入し、心臓まで到達させ、不整脈の原因となっている異常な電気信号の発生源を、高周波電流で焼き切る(焼灼する)治療法です。不整脈の「大元」を直接叩くため、根治を目指せるのが最大の特徴です。

そして、この治療の成否を大きく左右するのが「タイミング」です。早期、つまり心房細動が発見されてから時間が経っていない段階で治療を行えば、成功率は非常に高くなります。逆に、何年も放置して心房細動が慢性化してしまうと、心臓の筋肉自体が硬く、分厚く変化してしまいます。これを「心房リモデリング」と呼びますが、こうなると異常な電気回路が心臓のあちこちに複雑にできてしまい、アブレーションで原因箇所をすべて焼き切ることが難しくなります。その結果、治療の成功率は下がり、再発のリスクも高まってしまうのです。

──再発リスクを考えると、やはり早期治療が有効なわけですね。

奥村先生:そうです。さらに早期治療のメリットは、根治の可能性が高まることだけではありません。最大のメリットは、先ほどからお話ししている脳梗塞や心不全といった、命やその後の人生を左右する深刻な合併症を未然に防げることです。また、うまくいけば、生涯にわたって抗不整脈薬や血液をサラサラにする薬(抗凝固薬)を飲み続ける生活から解放される可能性もあります。それは、患者さんのQOL(生活の質)を劇的に改善させます。「あの時、勇気を出して受診してよかった」と、多くの方がおっしゃいます。だからこそ、私たちは口を酸っぱくして「もっと早く来ていれば…」と言うのです。それは後悔ではなく、未来への希望を掴んでほしいという、臨床医としての切なる願いなのです。

日本大学医学部附属板橋病院が挑む「誰もが来やすい医療」への挑戦

──受診の心理的・物理的なハードルを下げる、具体的なアイデアはありますか?

奥村先生:鍵となるのは、患者さんが「これなら行けるかも」と思えるような、来院しやすいフローを医療機関側が主体的に用意することです。待ち時間を減らす、予約システムを簡便にするといった基本的な改善はもちろんですが、もっと踏み込んだアプローチが必要です。

例えば、私自身も副病院長という立場で病院経営に関わる中で、繰り返し提案しているアイデアがあります。それは、「週末の検診外来」や「夜間相談窓口」のようなものを開設することです。

──それはどういった形のものになるのでしょうか。

奥村先生:平日の日中は仕事で絶対に休めないという現役世代の方でも、「土曜の午前中に2時間くらい、専門医の話を聞きに行くだけならいいかな」とか、「仕事帰りに少し寄ってみようか」と思えるかもしれない。そうした、心理的なハードルをぐっと下げた、いわば「お試し外来」のような窓口の構想です。患者さんのライフスタイルに歩み寄る形で、最初の第一歩として非常に有効ではないかと考えています。

しかし、言うは易く行うは難し、でして、このアイデアを実現するには非常に高い壁があります。当然ですが、週末や夜間に外来を開けば、医師や看護師、検査技師、事務職員など、多くのスタッフに通常業務外の労働をお願いしたり、人員の増強をすることになります。ただでさえ疲弊している医療現場からは、「これ以上、負担を増やさないでほしい」という強いハレーション(反発)が起こる可能性はあるでしょう。

私も先日、この件で会議をしたばかりなのですが、やはり現場の理解を得るのは簡単ではありません。新しいことを始めようとすれば、必ずこうした組織内のあつれきが生まれる。改革の難しさを日々痛感しているところです。それでも、患者さんのために何ができるかを考え、諦めずに提案を続けていくしかありません。また、日本大学医学部附属板橋病院が先駆者としてそのフローを構築することで、医療業界全体の意識も変えていけるのではないかと思っています。

未来への「健康投資」こそ個人・企業ができる最高の選択

──企業側に期待されることは何でしょうか。

奥村先生:まず、企業の健康管理を担う産業医や保健師、人事担当者の皆様にお願いしたいのは、従業員がためらわずに医療機関を受診できる文化を、会社として醸成していただきたい、ということです。健康診断で異常が見つかった従業員に対しては、産業医面談などを通じて積極的に受診を勧めたり、再検査や精密検査のために気兼ねなく時間休を取得できる制度を整えたりする。そうした具体的な後押しが非常に重要です。

これは単なる福利厚生という枠を超え、会社の貴重な人的資本である従業員の健康を守り、将来の労働力損失を防ぐための、極めて合理的な「投資」であるという視点を持っていただきたいと思います。健康経営の観点からも、非常に重要になってくるのではないでしょうか。

──最後に、企業の健康管理担当者や、働く世代本人にメッセージをお願いします。

奥村先生:この記事を読んでくださっている働く世代のご本人に、私が最も伝えたいことは、健康診断の結果を「自分ごと」として、真摯に受け止めてほしいということです。「症状がないから大丈夫」という自己判断、その根拠のない楽観が、数年後のあなたの人生を大きく左右する可能性があるのです。どうか、その一枚の紙を無視しないでください。それは、あなたの体が発している、まだかろうじて声にならないサイレントな悲鳴かもしれません。

医療機関側も、先ほどお話ししたような「来やすい医療」の実現に向けて努力を続けます。しかし、最終的に行動を起こすのは、あなた自身です。個人が自らの健康に関心を持ち、企業がそれを支え、医療機関が受け皿を用意する。この三者が一体となって初めて、多忙な現役世代を深刻な循環器疾患の脅威から守ることができる。私はそう固く信じています。

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超高齢化を迎えた日本にとって、 今働いている人たちの健康こそが最も大事な資源。 彼らの健康を守る予防医療の最前線では何が起きているのか。 多くの医師・専門家100人に最新予防の切り口でインタビューします。

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