「利益と幸せの両立」 丸井グループのウェルビーイング経営

少子高齢化をはじめとした働き手の減少や働き方改革の推進、SDGsへの意識の高まりなどから健康経営やウェルビーイング経営、人的資本経営の重要性が増す中、産業医の役割に注目が集まっています。令和6年度健康経営度調査票では、新たに産業医や保健師が健康経営の方針検討や施策実施にどのように関わっているかを聞く質問が追加されるなど、産業保健分野を飛び越えた活躍が期待されています。本コラムでは、健康経営を早くから取り入れるだけでなく、率先して社員の活力を生み出す企業文化の醸成に取り組んできた、株式会社丸井グループ専属産業医の小島玲子先生に、ホワイト・ジャック・プロジェクトの野口裕輔先生が、企業と産業医の理想的な関係について伺いました。

インタビュイー
小島玲子(こじま・れいこ)
丸井グループ取締役 上席執行役員CWO
ウェルビーイング推進部長・専属産業医
産業医、医学博士。丸井グループ取締役 上席執行役員CWO(Chief Well-being Officer)、ウェルビーイング推進部長、専属産業医。産業医科大学医学部卒業。大手メーカーの専属産業医を10年間務める傍ら、総合病院の心療内科にて定期外来診療を担当する。2006年より北里大学大学院の産業精神保健学教室に在籍し、2010年、医学博士号を取得。翌年に丸井グループ専属産業医となり、2014年、健康推進部(現ウェルビーイング推進部)の新設に伴って部長に就任。2019年執行役員、2023年~現職。著書は『産業保健活動事典』(2011)、『改訂 職場面接ストラテジー』(2018)など。日本産業衛生学会指導医。
インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー
丸井グループが目指すウェルビーイング経営の対象は社員だけにとどまらない
──先生が専属産業医及び取締役 上席執行役員CWOをされている丸井グループでは、『ウェルビーイング経営』を掲げています。いわゆる健康経営との違いや、今までの展開などを教えてください。
小島先生:まず健康経営との違いでいうと、対象が社員だけではないことと、その活動範囲が挙げられると思います。これは丸井グループのミッションとビジョンに基づいています。丸井グループはミッションとして「すべての人が『しあわせ』を感じられるインクルーシブな社会を共に創る」を掲げています。この「すべての人」とは「将来世代」を加えた、6ステークホルダーをさします。

加えて、「インパクトと利益の二項対立を乗り越える」というビジョンを掲げています。丸井グループのウェルビーイング経営は、社員をウェルビーイングな状態にする経営ではありません。社員も含む6ステークホルダーの利益と幸せの重なりを拡大する経営というのが定義です。社員の幸せやウェルビーイングを高めるのがゴールではなく、この6ステークホルダーの利益と幸せの重なりを拡大することは、経営ミッションそのものです。
──そういった企業のミッション・ビジョンを実現するうえで、結果として社員のウェルビーイングが高まるわけですね。
小島先生:利益と幸せの重なり合いを拡げるという考え方は、ウェルビーイング経営だけではなく、丸井グループのビジネスも同じです。
丸井グループのクレジットカード(エポスカード)には、ポイントをお客さまが応援したい団体に寄付できる機能をもつサービスがあります。例えば『ヘラルボニーカード』は、障害のイメージ変容と福祉を起点に新たな文化の創出を目指す企業、株式会社ヘラルボニーとの共創により生まれました。『ヘラルボニーカード』のご利用金額に応じた加算ポイントの一部が、へラルボニー社を通じて、アートを描いた障害のあるアーティストの創作活動や福祉施設の運営や活動に活用されます。
ヘラルボニーカードは新規入会につき1000円、利用額の0.1%のポイントが障害のあるアーティストや福祉施設に還元されるのですが、アーティストの皆さまの作品をカードにしたデザインとともにこのカードの仕組みが人気を呼んでいます。この共創の取り組みはインパクトと利益を両立するビジネスの1つとなっています。
──利己的な利益と、誰かを応援する利他的な幸せを重ね合わせようとしているわけですね。
小島先生:はい。それが丸井グループのビジネスです。
──その一環としてのウェルビーイング経営があるわけですね。社員を対象にした取り組みも教えていただけますか。
小島先生:実は「仕事は苦役」という社会の価値観や、ワークライフバランスという言葉に違和感があります。なぜ仕事以外の時間だけをさして「ライフ」というのだろうかと。仕事の時間も含めて人生(ライフ)のはずです。この「仕事は苦役」という社会の価値観を変え、仕事を通じて一人ひとりが輝きながら成長し、成果にも繋げようとしています。「フロー」という概念を取り入れたのも、そうした考え方からです。
創造力を全開にするカギとなる、『フロー』とはなにか
──フローのお話は、小島先生のキーだなと思っています。読者でもまだご存じない方もいらっしゃると思いますので、『フロー』とはどういう状態なのかを教えてください。
小島先生:「主体的に行為に没頭している状態」を指します。スポーツの世界では「ゾーンに入る」とも言われるもので、主体的に没頭すると良いパフォーマンスが出るため別名『最適経験』とも呼ばれます。充実感や喜びにも繋がります。「高いパフォーマンス」と「本人の充実感・喜び」の両立、「利益」と「幸せ」の両立を体現している状態と考えています。
──ウェルビーイング経営には『フロー』の概念はどのように取り入れられているのでしょうか。
小島先生:人に関する経営上の方針ですので、ステークホルダーに対して共創経営レポート(統合レポート)で6ページほど特集して伝えています。丸井グループは、「手挙げの文化」を20年ほど推進してきました。現在、手挙げで全社横断の「フロープロジェクト」を行なっています。社員が手を挙げ、選ばれた約50人が自分の職場をフローに入りやすい状態にしていくためのアクションを実践します。
──やはり1日の3分の1の時間を仕事にあてていると考えると、仕事は人生の一部ですよね。そうであるなら、楽しんでイキイキと仕事ができる状態が一番だと思います。
小島先生:まさにそうですね。私は2011年に丸井グループに入社しましたが、当時からそのように考えていました。当初は一般的な産業医としての入社でしたが、現在のような仕事をするようになったきっかけは、入社翌年に社長と「フロー」の話をしたからです。仕事をしている日中の8時間が苦役だったら、人生苦役じゃないのかと。仕事を苦役にせず、仕事で輝けるような企業文化を醸成したいという想いを社長と語り合いました。
──そういった状態にあると、仕事を8時間していても充実感や意味感がすごく高まっていくのかなと感じます。
小島先生:一般的な仕事の価値観である「指示された仕事をちゃんとやる」だけでは、インパクトと利益の二項対立を乗り越えることはむずかしいです。「心穏やかに働けるといいよね」というウェルビーイングではなく、変化の激しい時代に適宜対応し、イノベーションを起こせる企業文化へ変革をしていく、その象徴が『フロー』なのです。
──今は「社会課題の解決策はこれです」というものがない状態です。それに対してリソースやアセットを使って、どうしたらいいのかをみんなで考える、あらゆる力を動員してやっていく必要があります。その過程で「フロー」に入っていくことを大事にされているわけですね。
小島先生:慈善事業ではないので、社会課題を解決しながらも収益につなげるためには、どのアセットをどう組み合わせるかを考える必要があります。事業とは全く関係のない「ウェルビーイング」は、ただのゆるい活動になりかねないと思います。たとえば、社員に余暇でヨガを勧めるなど、心穏やかに働けることに取り組むのは良いですが、会社の方針と繋がらない活動は企業組織で浸透しにくいと思います。
──丸井グループにおける「健康」は、そこに一致しているのだと思います。例えば健康経営優良法人の認定基準では、どちらかというとリスクを管理して損失を回避するという側面が強いと思うのですが、丸井グループの健康経営は、よりプラスを引き出すような考え方に基づいているわけですね。
小島先生:おっしゃる通りです。補足すると、丸井グループは丸井健保組合を1950年代に設立以来、かなり負を無くす取り組みをしてきています。人間ドックを自前で行っているほか、健保内に常勤の医師と保健師がおり医療面の指導をしています。
基本的に、リスクがある場合はその解消を優先で進めるべきです。また、働きやすい職場環境になっていない場合は、そちらを優先的に進める必要があります。私が現在行っているのは、その先の応用編です。
──負を解消するという土台があってこそプラスを生み出すことができるということですね。
小島先生:いくらプラスを創ることばかりやっても、リスク改善ができていなかったら、足元から崩れることがあります。家の構造にたとえると、ベースとなる法令順守が1階、リスク対策が2階、丸井グループが行っている人と組織の活性化は3階部分というイメージです。
二項対立を乗り越えるための丸井グループの挑戦が、ウェルビーイング経営
小島先生に伺った「ウェルビーイング経営」は、丸井グループのミッション・ビジョンの実現のために必要な取り組みとして位置付けられ、福利厚生的な「ウェルビーイング」とは一線を画していました。創造力を全開にしてイノベーションを起こし続けるために、フロー状態に入りやすい従業員の割合を目標に掲げるなど、活力の高い企業文化を築こうとされています。こうした取組の源泉には何があるのでしょうか? 次回は、丸井グループが培ってきた「手挙げ文化」と企業文化2.0についてお話を伺います。
DO100シリーズ
超高齢化を迎えた日本にとって、 今働いている人たちの健康こそが最も大事な資源。 彼らの健康を守る予防医療の最前線では何が起きているのか。 多くの医師・専門家100人に最新予防の切り口でインタビューします。










