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「無症状こそが最大の敵」循環器病のトップランナー奥村恭男教授が語る、予防医療の最前線

公開日: 2025.10.29
更新日: 2026.2.19
「無症状こそが最大の敵」循環器病のトップランナー奥村恭男教授が語る、予防医療の最前線

超高齢化社会を迎える日本において、もはや病気の予防は個人の意識の問題から社会全体で取り組むべきものへと変わりつつあります。特に急な動悸などを招く不整脈にお困りの方も多いかもしれません。今回は循環器内科、特に不整脈治療の第一人者として知られる日本大学医学部附属板橋病院の奥村恭男主任教授に、数多くの命と向き合う臨床現場のリアリティから、不整脈の早期介入の必要性まで、熱い言葉で語っていただきました。

インタビュイー
奥村恭男(おくむら・やすお)
日本大学医学部附属板橋病院 副病院長
内科学系循環器内科学分野 主任教授

インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー

臨床の最前線に立ち続ける「超臨床家」の矜持

──本日はありがとうございます。まず、先生のご専門と、これまでの歩みをお聞かせください。

奥村先生:私は循環器内科を専門としていますが、その中でもキャリアの非常に早い段階から不整脈、特に「カテーテルアブレーション」という治療法を専門としてきました。私が医師になった当時は、初期研修の段階で専門診療科を決める時代でして、その時から循環器、そして不整脈の道に進むと決めていました。通常、多くの医師は循環器の中でも心不全や虚血など様々な分野をローテーションしながら専門性を高めていくのですが、私は少し変わっていて、医師になって3年目という早い段階からカテーテルという細い管を心臓に入れ、不整脈の原因を焼き切る侵襲的治療の世界にどっぷりと浸かりました。それを教授になった今でもずっと続けています。

──カテーテルアブレーションを専門にキャリアを形成されてきたのですね。

奥村先生:もう20年以上、数えきれないほどカテーテルアブレーションを経験しています。はっきり言って、手技には絶対的な自信があります。私がこの日本大学板橋病院に来た頃、アブレーション治療の件数はまだ年間でも数えるほどでしたが、そこから体制を強化し、今では年間400件以上を行う、この分野における日本の「メッカ」の一つにまで成長させることができたと自負しています。私の後輩である長島医師などもSNSで積極的に情報発信しており、チーム全体で不整脈治療のレベルアップを図っています。

私は自分のことを「超臨床家」だと思っています。とにかく臨床が大好きで、非常に得意です。アブレーションだけでなく、心不全や虚血性心疾患など、循環器疾患全体のマネジメント、つまり、どんな患者さんをどう診て、どういう治療戦略を立てるかということをベースに常に考えてきました。今でも月に何百人という患者さんを直接診療しています。

──教授という立場でそれだけ多くの患者さんを見られているのはすごいですね。

奥村先生:大学の主任教授というと、研究や管理業務がメインで臨床の第一線から離れられている方も少なくないのですが、私のように今でもカテーテルを握って最前線に立っているタイプは、全国の大学病院でもあまりいないかもしれませんね。日本不整脈心電学会の理事も務めていますが、その中でも現役でアブレーションをこなす主任教授は珍しい存在です。やはり、現場に立ち続けることでしか見えないことがあると信じています。

日本の医療を未来へ繋ぐ「エビデンス創出」への情熱

──臨床だけでなく、研究活動にも非常に力を入れていらっしゃると伺いました。

奥村先生:ええ、臨床医としての視点を、より良い医療の創出に繋げたいという思いが常にあるため、研究にも力を入れています。そのために、アメリカの名門『メイヨー・クリニック』に2年半留学しました。留学中は、今では標準治療となっている新しいタイプの治療デバイス(コンタクトフォースカテーテルやクライオバルーンなど)の有効性や安全性を確かめる動物実験、いわゆる前臨床研究に没頭しました。この経験は非常に大きく、日本に帰国後も、この大学でブタやイヌを用いた基礎研究のラボをゼロから立ち上げ、現在も新しい治療法の開発や検証を続けています。

昨年ですと、日本大学医学部附属板橋病院は新たな心房細動カテーテルアブレーションデバイスのVARIPULSEカテーテルを、2024年4月に日本で最初に行っています。これは世界的にもほぼ初の試みなのですが、このアブレーションの動物実験を2023年にアメリカに3泊5日で弾丸で行った経験を生かす形で当院が最初に行う施設になったんです。その動物実験結果もJHRS2024 第70回日本不整脈心電学会学術集会の大会場で多くの不整脈医、コメディカルの前で発表しています。

さらにオーストラリアシドニーで行われた国際学会であるAPHRS 2024 第17回アジア太平洋不整脈学会議でも日本の代表として、その動物実験の結果を発表し、各国の先生方とディスカッションを行っています。この動物実験の結果と臨床でのデータを猛スピードで書いたのですが、米国の一流紙であるHeart Rhythmにもすでに掲載され、さらに2024年10月に行われた全国のカテーテルアブレーション医が集まるカテーテルアブレーション関連秋季大会ではライブオペレーターに選出され、実際の患者さんでライブデモンストレーションを行っています。

カテーテルアブレーション関連秋季大会での様子
ライブデモンストレーションの様子

そしてもう一つの大きな柱が、日本の医療における「エビデンス」、つまり科学的根拠を創出するための研究です。特に、全国規模の「多施設共同研究」には30代後半からずっと取り組んできました。これは、研究デザインの考案、実現可能性を探る計画立案、そして全国の先生方への参加の呼びかけまで、全て自分たちで手掛けるものです。たしかに手間はかかりますが、海外のデータではなく、「日本の患者さん」に基づいた最適な治療法を見つけ出すためには不可欠な活動です。心不全や心房細動の患者さんが発症・治療後どのような経過を辿るのか、数千人という規模でデータを集めて予後を追跡するレジストリー研究などを、最小限の予算で運営しています。

──エビデンスの構築は時間と予算と労力がかかるものですが、それを継続的に進められているのは素晴らしいですね。

奥村先生:最近では、人生100年時代を見据えた研究にも取り組んでいます。例えば、80歳以上の非常に高齢な心房細動の患者さんに対して、侵襲的な治療法であるカテーテルアブレーションを行うことが本当に安全で、その後の人生に有益なのか。この問いに答えるため、全国47の医療機関に参加いただき、3年間かけて約700人の患者さんのデータを集めました。この貴重な研究結果を、2025年の日本循環器学会のLate breakingで発表しました。こうした地道な活動を通じて、日本の循環器医療の羅針盤となるようなエビデンスを一つひとつ積み上げていくことが、私の大きな使命だと考えています。

「無症状」という名の静かなる脅威

──先生が向き合ってこられた循環器疾患において、予防の観点から最も重要なことは何でしょうか?

奥村先生:循環器疾患という大きな山を考えた時、その裾野に広がる最も広大で重要な問題は、間違いなく「高血圧」です。日本には推定3000万人もの患者さんがいると言われ、国民の約3人に1人がいずれ罹患する計算になります。自覚症状がほとんどないため軽視されがちですが、この高血圧が血管を静かに傷つけ、心房細動、心不全、心筋梗塞、脳卒中といった、命に関わる様々な病気の土台、つまり根本原因となるのです。つまり、血圧を日頃から適切にコントロールすることこそが、あらゆる循環器疾患の予防における絶対的な基本であり、最重要課題となります。

もう一つが、私の専門である「心房細動」です。心臓の中にある心房という部屋が不規則に細かく震えてしまう不整脈のことですが、この病気の本当の怖さは、それ自体が直接命を奪うことよりも、深刻な合併症を引き起こす点にあります。心房がけいれんすることで血流がよどみ、心臓の中に「血栓」という血の塊ができやすくなるのです。その血栓が血流に乗って脳まで飛んでいくと、脳の血管を詰まらせて「脳梗塞」を引き起こします。心房細動が原因の脳梗塞は、他の原因のものより重症化しやすいという特徴があります。

また、心臓が常に不規則に動き続けることで心臓自体が疲弊し、ポンプ機能が低下して「心不全」という状態に陥ることもあります。 問題は、この心房細動が非常に見つかりにくいことです。多くの場合、先ほど述べた脳梗塞や心不全といった深刻な事態になって初めて、その原因として発見される。これが今の日本の医療の、非常に残念な現実なのです。だからこそ、日本大学医学部附属板橋病院では、患者さんやご家族に向けて早期介入の重要性を説いています。

──健康診断で異常を指摘されても、症状がないために放置してしまう人を産業保健の現場でも多く見ます。循環器領域の早期介入の重要性について改めて教えていただけますか。

奥村先生:まさに、その「無症状」であることこそが、この領域における最大の敵なのです。高血圧は言うまでもなく、心房細動も患者さんの半数には動悸や息切れといった自覚症状がありません。症状があれば誰でも心配になって病院に来ますが、そうでない人をどうやって医療につなげるか。ここに全ての難しさが凝縮されています。

臨床現場では、日常的に「もっと早く来てくれていれば…」と唇を噛むようなケースに遭遇します。健康診断で心房細動を指摘されながら、「何も感じないから大丈夫だろう」と2年、3年、長い人では4年も放置してしまう。そして、いよいよ耐え難い症状が出たり、心不全が進行したりしてから「先生、治してください」と来院されても、すでに病状が進行しきっているのです。心房細動は放置する時間が長ければ長いほど、心臓の筋肉自体が硬く変化(リモデリング)してしまい、治療の効果が出にくくなります。早期の段階であれば、カテーテルアブレーションによって根治を狙えたり、少なくともその後5年、10年と病状の進行を抑えられたりするケースが本当に多いのです。

──無症状であっても、それが将来的に重篤な問題を引き起こすと認識していないのが問題だと思います。

奥村先生:結局のところ、ご自身の健康にあまり関心がない、あるいは日々の忙しさを優先してしまう方ほど、問題を先送りにしてしまいます。そして、そういった方々が、病状がすっかり進行しきった、我々の言葉で言う「仕上がった状態」で来院される。そうなると治療は格段に困難になり、ご本人が長く苦しむだけでなく、入退院を繰り返すことで社会全体の医療費も雪だるま式に増大させてしまう。この負のスパイラルをどこかで断ち切らなければなりません。そのためには、症状という分かりやすいサインが出る前の、静かな段階でいかに介入できるか。それが患者さんの未来を、そして日本の医療の未来を左右すると言っても過言ではありません。

働く世代をどう救うのか、「超臨床家」の視点とは

心房細動や高血圧の多くが無症状であり、そのために発見や治療が遅れる危険性について臨床の現場からの知見をいただきました。次回は特に多忙な「働く世代」に焦点を当て、忍び寄るリスクの実態と、彼らをいかにして医療に繋げるか、その具体的な方策と課題について、さらに深く掘り下げていきます。

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超高齢化を迎えた日本にとって、 今働いている人たちの健康こそが最も大事な資源。 彼らの健康を守る予防医療の最前線では何が起きているのか。 多くの医師・専門家100人に最新予防の切り口でインタビューします。

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