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「手挙げ」が生み出す未来 丸井グループの企業文化 2.0

公開日: 2025.6.5
更新日: 2026.2.19

健康経営やウェルビーイング経営のトップ企業として名前を挙げられることが多い丸井グループの取り組みは、ステークホルダー全ての幸せを指向するミッション、ビジネスを通じてあらゆる二項対立を乗り越えるビジョンに根ざしており、健康と経営を真の意味で統合する内容に溢れていました。今回は、その源泉となる丸井グループの社内文化について、丸井グループ専属産業医でCWO(Chief Well-being Officer)である小島玲子先生に、ホワイト・ジャック・プロジェクトの野口裕輔先生が伺いました。

インタビュイー
小島玲子(こじま・れいこ)
丸井グループ取締役 上席執行役員CWO
ウェルビーイング推進部長・専属産業医

産業医、医学博士。丸井グループ取締役 上席執行役員CWO、ウェルビーイング推進部長、専属産業医。産業医科大学医学部卒業。大手メーカーの専属産業医を10年間務める傍ら、総合病院の心療内科にて定期外来診療を担当する。2006年より北里大学大学院の産業精神保健学教室に在籍し、2010年、医学博士号を取得。翌年に丸井グループ専属産業医となり、2014年、健康推進部の新設に伴って部長に就任2019年執行役員、2023年~現職。著書は『産業保健活動事典』(2011)、『改訂 職場面接ストラテジー』(2018)など。日本産業衛生学会指導医。

インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー

会社が生き残るために生まれた「手挙げ文化」とは

──小島先生のお話を伺っていると、丸井グループと先生ご自身のミッションがすごく一致しているなと感じます。また、「フロー」に対する取り組みにしても、先生のこれまで大事にされてきたことがとても発揮できる環境にいらっしゃると思います。今はCWO(Cheif Well-being Officer)という立場でいらっしゃいますが、役員としてどのような活動をされているのかを教えてください。

小島先生:丸井グループのウェルビーイング経営の定義は、社員だけが対象ではなく、6つのステークホルダーの利益と幸せの重なり合いを拡大することです。打ち出したのは2021年ですが、当時は社員自身も、自分がやっている仕事と、ウェルビーイング、サステナビリティがうまく繋がっていなかったように思います。そこで、グループ全体を横串的に把握した上で、社内でそのつながりを浸透させ、社外に発信するのがCWOの役割だと考えています。
我々はビジネスを通じた社会に対する価値のことを「インパクト」と呼んでいます。

当初、インパクトと自分の現業との繋がりがよくわからないという声が社員からありました。そうした課題感から生まれたのが、『ビーイングワークショップ』です。手挙げ方式のウェルビーイング推進プロジェクトのメンバーが開発しました。まず自分の価値観を言語化し、次に丸井グループのインパクトと現業のつながりを言語化して、自分の価値観とインパクトとの繋がり合いに気づく、というプログラムです。実施から1か月後に「自分の会社のミッションや目標は、自分の仕事を重要なものだと感じさせてくれると思いますか」と聞くと、そうした意識が10%上がるとわかっています。2021年から継続しており、現在は申込者が2000名を超えています。これも手挙げで募集します。当社は強制的に受講させることは基本的には行いません。

──グループ全体を横断的に見られる立場だからこそできるプロジェクトですね。先ほどからのお話で、丸井グループの他にない特色として、『手挙げ』という言葉をよく使われているのですが、これはどのように文化として醸成されてきたのでしょうか。

小島先生:15年以上かけて醸成してきた丸井グループの企業文化です。丸井グループは1931年創業ですが、2009年と2011年は赤字でした。バブルの時代が終わって流行のものを置けば売れた時代は終焉し、社員が受身的、上司の指示にただ従う上意下達の企業文化ではその先の企業の発展が望めなくなりました。そこで取り組んだのが「手挙げの文化」の醸成です。自ら考え、自ら手を挙げる自律的な企業風土を創ることが喫緊の経営課題だったわけです。

2007年にできた経営理念は「お客さまのお役に立つために 進化し続ける人の成長=企業の成長」です。強制ではなく自主性、やらされ感ではなく楽しさ、上位下達ではなく支援するマネジメント、「本業と社会貢献」ではなく「本業を通じた社会課題の解決」、業績よりも価値の向上を目指してきました。その取組みを象徴するのが「手挙げの文化」です。

──まさに生存戦略の象徴なわけですね。

小島先生:この写真は手挙げの文化が浸透する以前の中期経営推進会議です。空気がよどんでおり、参加者の多様性も少ない。この会議を、グループ全社からの手挙げ制にしました。

──重要な会議も手挙げでの参加なんですね。

小島先生:そうです。参加にあたっては、役職者も含めて800字で参加をしたい理由を書いた作文を提出してもらいます。毎回テーマが設定され、「それについてどの程度勉強をしているか」「自分なりの意見を持っているか」といった観点を審査します。1つの作文を2〜5名で評価し、選ばれた人が集まるという形にしました。すると、下の写真のように雰囲気がガラッと変わりました。先程とはちがう印象を持たれるのではないでしょうか。

──年齢層もバラバラですね

小島先生:そうです。年齢や性別など人の多様性が増しました。みなさん最初から勉強してきていますから質問も多く出ます。新入社員の作文が通過して部長が落ちることもあります。そんな時は、部長が「どんな内容だったか後で教えて」とお願いする場面もあります。こうして職場のコミュニケーションのあり方も変わっていきます。会議から戻った人は、職場で「こういう内容でした」と職場で共有会を行うようになり、情報伝達のあり方や、職場の空気も変わってきました。

人事異動や昇進・昇格も手挙げ方式です。本人が勝手に昇進・昇格をすることはありません。現在は、あらゆることが手挙げ形式です。手挙げをする社員の割合は2024年3月時点で88%となっています。

──その過程で気になるのが、例えば管理職からすると、コントロールできなくて怖いといった感覚になりそうな気もするのですが、揺り戻しなどはなかったのでしょうか

小島先生:最初の頃は、現業の職場を抜けて何かの取組みに参加することへの抵抗感があったと聞いています。「経路依存性」という言葉がありますが、ひとつの要素だけを変えても企業文化は変わりません。例えば現業の売り上げだけで評価されるインセンティブ構造だと、手挙げの取組みに参加する人は増えないでしょう。そこで、2017年に評価制度も刷新しました。個人のパフォーマンス評価だけだったのを、チームのパフォーマンス評価と個人のバリュー評価の二軸評価としたのです。

バリューとは、主に行動の姿勢を指します。たとえば、手挙げでさまざまな取り組みに参加したり、壁を超えて行動し成果につなげる力が評価されます。上司もその後押しを推奨される評価体系です。本人、同僚、上司のいわゆる360度評価です。このように「手挙げ」を後押しする評価制度が整備されたことも、意識の変化に大きく影響していると思います。

丸井グループが進める企業文化 2.0に欠かせない「フロー」推進施策

──評価制度とも整合性をもたせて「手挙げの文化」が進められてきたわけですね。こういった「手挙げの文化」が醸成されてきたことで、社員やステークホルダー含めて、どういった変化を生んでいるのでしょうか。

小島先生:2012年から2022年までの10年間で、「期待役割が分かっている人」の割合は46%から80%へ、「自分が職場で尊重されていると感じる人の」の割合は38%から66%へ、「強みを活かしてチャレンジしている人」の割合は28%から52%に向上しました。ただし、創造力を全開にする企業文化を目指す上では52%でいいのか、というのが次の課題です。

また「手挙げの文化」とは、何かの機会に対して手を挙げることです。次のフェーズの企業文化2.0では、未知の領域に挑戦できる企業文化を醸成していきます。そのため、「打席に立つ数」を2030年までに5000回という行動KPIを立てました。失敗してもいいから新しいことに挑戦する行動を推奨するためです。この企業文化2.0に向けて、フローに関するKPIも2023年に掲げました。

「フロー」に入りやすい企業文化醸成によるウェルビーイング経営への実装

──まず土壌として『手挙げ』ができるようになってきて、さらに社会課題解決企業を目指すために「フロー」に入りやすい企業文化の醸成を進めていきたいというわけですね。その「フロー」については、経営の戦略マップでも掲げていらっしゃったと思うのですが、どのように評価されているのでしょうか。

小島先生:「フローに入りやすい状態にある人」の割合を目安として見ています。フローは、能力が高いレベルで発揮され、挑戦度合いも高い時に入りやすいと言われています。

そこで、自分の能力を高いレベルで活用しており、かつ自分の強みを活かしてチャレンジしていると回答している人の割合を、フローに入りやすい状態と一旦社内で定義しました。この比率を現在の42%から2030年までに60%にすることを全社KPIとしています。

──フローについても、その状態を目指すことも大事ですが、それを目指せる土壌や文化の醸成ができていることが前提のように感じます。まさに、丸井グループが取り組んできた企業文化の醸成やこれまでの歩みなどが全部繋がっているわけですね。

小島先生:その通りです。元々は上意下達の文化から、手挙げの文化が醸成されてきた。次の段階として、挑戦と創造の文化を目指しています。なお、能力を活かして異なる仕事に挑戦して視座を高める「職種変更」の仕組みは2013年から導入していました。このように社内では約10年前からフローに入れる組織づくりに取り組んでいた積み重ねもありました。

健康経営推進のコツは、企業にとってMust(マスト)の取り組みかどうか

──今日いろいろお話を聞いて、他の企業も健康経営に取り組む上では丸井グループを参考にしたいという思いがあるのではと思うんですが、一方で、様々な条件や企業文化、先生のような方がいらっしゃるかなどいろいろなことが重なって、今の姿が実現できているのも事実だと思っています。そうなると、まず健康経営に取り組む上ではどういった姿勢が大事で、何から始めたらいいのでしょうか。

小島先生:まずは「企業経営にとってMust(マスト)の取組みかどうか」がポイントだと思います。健康「経営」ですので、その取組みが経営上必須の取組みとして位置づけられているかどうかが重要です。

健康の取組みというのは、企業の成長戦略と紐づいていないと、「そんなことをやっている暇はない」という話になりがちです。 最近はあまり聞かれなくなりましたが、当初は、「健康経営の活動を就業時間内でやっているのですか」という質問をよく受けました。「当然です。これは経営戦略ですから」という話なのですが、この質問をされた方々にとっては「健康経営」は「経営」と紐づいていなかったのだと思います。そこがつながっておらず、従来の健康管理の活動を、そのまま健康経営と呼んでいるケースも見受けられます。そこをつなげることが大切です。

──余暇でできたらやること、みたいに捉えられることが多い面もありますね。そこは本気を見せる必要があるわけですね。

小島先生:企業にとってMustの活動か、Nice to haveの活動なのか。あったら良いが無くても良い「Nice to have」ではなく、絶対に必要な「Must」であるという、その位置づけの違いが、上手くいくかどうかの分かれ目だと思います。

──今日お話を伺っていて、ウェルビーイングは企業としてのエンジンのような、前に進む力であるということを強く感じました。本気で考えてMustなものを見極めれば、他社の取り組みをなぞる必要はないわけですね。最後に1つだけ、先生ご自身がウェルビーイングを実感する瞬間を教えてください。

小島先生:仲間が増えていく実感ですね。同じ方向で進んでいける人が増えていると感じるときに、やりがいを感じます。最近では社員が手挙げで集まったグループ横断の「フロープロジェクト」が始まっていますし、2016年からは役員・管理職にレジリエンスプログラムを行っています。
「フロープロジェクト」では約50人のメンバーが毎月、フローに入れる職場づくりについて主体的に対話し、職場でそれを実践します。その様子を見ているだけでも嬉しいです。産業医が「健康は大事ですよ」などと一方的に伝えるだけでは組織は変わりません。双方向かつ自律的な形を創っていく必要があると自分自身が感じる中で、丸井グループが同じ方向性を目指していたのは幸運だったと思います。

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DO100シリーズ

超高齢化を迎えた日本にとって、 今働いている人たちの健康こそが最も大事な資源。 彼らの健康を守る予防医療の最前線では何が起きているのか。 多くの医師・専門家100人に最新予防の切り口でインタビューします。

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