依存症患者だけの問題にとどまらない「節酒」「減酒」の必要性

近年、一切の飲酒をやめる「断酒」「禁酒」に代わり、飲酒量を減らす「減酒(節酒)」が注目されています。アルコールによる健康障害のほか、過度の飲酒による職場でのミスやトラブルを回避する上で、従業員の飲酒習慣に関して働きかけていくことが企業にも求められるようになってきました。健康経営に取り組む中で、社員の健康を管理する各部署や経営層が意識すべきことを取り上げます。
「断酒」「禁酒」から「節酒」「減酒」へ
「アルコール使用障害」とは、社会的または健康への悪影響があるにもかかわらず、アルコールの摂取をやめたり管理したりするのが難しくなった状態を指します。そこには「アルコール依存症」と呼ばれる状態だけでなく、軽症の人も含まれます。
医療機関で行われるアルコール依存症の治療においては、お酒を止める「断酒」や「禁酒」が中心でしたが、お酒が飲めなくなることを恐れ、治療への抵抗感を抱く患者が存在することが問題となっていました。日本国内には約100万人のアルコール依存症患者がいるといわれていますが、そのうち実際に診断を受ける患者は10%程度、さらに、実際に治療を受ける患者は全体の5%ほどに留まっているともいわれています。
そんな中で実践されるようになってきたのが、「減酒(節酒)」という治療法です。これまでは完全な断酒を目指すことが主流でしたが、「断酒」治療か、まったく治療を受けないかの二者択一となりがちで、治療までのハードルが高く、「減酒」を希望する患者の治療的な受け皿がない状況が続いていました。
そこで今、「お酒を完全にやめるのではなく、飲酒量を減らす」という「減酒」治療が注目されてます。これまで断酒に成功しなかった人が減酒により治療を継続し、最終的に断酒に至ることが期待されています。アルコール依存症になってから深刻化するまでには7~8年はかかるといわれています。そのため、早期から飲酒コントロールを行うことが治療の鍵になるわけです。

https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/alcohol/a-06-003.html,(参照:2025年2月28日).
アルコール使用障害が職場にもたらす悪影響
「アルコール使用障害」と聞いても、職場とは無縁の問題だと思われたり、単なる個人的な問題だと認識されたりしがちです。飲酒が原因で生じる従業員の問題行動をリスクと考えることはあっても、企業が社員の健康問題を理由に全社を挙げてアルコール問題に取り組もうという動きにはなかなか結びつきにくいのが現実です。
運送業や高所作業などを伴う職種を除き、飲酒が職場全体の問題として捉えられることはまだまだ少ないものの、今やアルコール問題は「健康経営優良法人」調査票の項目にも入るなど、健康経営の面でも注目が高まってきています。多くの企業にとって無視できない問題となっているのです。
アルコール使用障害のレベルにまで至らなくとも、過度の飲酒が職場で問題となるケースは多々みられます。過度の飲酒によってメタボリックシンドロームや高血圧などの健康問題につながったり、鬱(うつ)などメンタルヘルスへの影響が生じたりすることがあります。また、飲酒運転や業務中の事故、暴力、ハラスメント、営業秘密の漏洩や、重要書類や業務用端末の紛失などのリスクも懸念されます。さらに、業務パフォーマンスの低下や、遅刻、欠勤などにつながることも多く、企業が従業員の飲酒習慣に関して働きかけることは、健康経営に取り組む上で十分な価値があるといえるでしょう。
飲酒が増えてしまう業務上の原因
従業員の飲酒が増えてしまう理由は、従業員の私生活の範囲にとどまりません。業務上のストレスが背景にあったり、疲労や不眠解消の手段として飲酒を用いたりしているケースも多々みられます。業務上のストレスが原因で飲酒をすることによってパフォ―マンスが低下し、それが新たなストレスを生み、さらなる飲酒に走るという悪循環もしばしばみられます。
特に、海外勤務や単身赴任を行う従業員は、飲酒の量や頻度が高くなる傾向にあるといわれています。生活環境の変化、家族のケアの欠如や不十分な医療体制などから飲酒量が増加することがあるのです。また、近年増えたリモートワークの影響で酒量が増えたという人も少なくありません。通勤時間がなくなったことで飲酒に充てる時間が増えたという人のほか、人目がなくなったために在宅勤務中に飲酒する人や、仕事とプライベートの切り替えとして飲酒する人、ライフスタイルの変化によるストレスを解消するためにお酒を利用する人もいます。
懲戒処分よりも「予防」を
こうした状況に対して企業には何ができるのでしょうか。アルコールを原因とする従業員の問題が企業の中で発覚するのは、飲酒運転やハラスメントが起きてからというケースも少なくありません。ですが、先ほど挙げたように、アルコールによる問題は従業員個人の問題にとどまらず、企業の信頼や評価にも関わる問題でもあります。懲戒処分を行って終わりにするのではなく、当事者の指導や支援を行い、長い目で予防に努めることが望まれます。
2014年4月に施行された「アルコール健康障害対策基本法」の中でも、「健康増進事業実施者は、国及び地方公共団体が実施するアルコール健康障害対策に協力するよう努めなければならない」と述べられています。また、2016年5月に策定された推進基本計画では、職域における対応の促進として「医療機関と産業保健スタッフとの連携強化を図る。アルコール健康問題に関する産業保健スタッフへの研修の充実を図る」ことが掲げられています。企業の具体的な対策を義務付けるものではありませんが、それぞれの職場で飲酒関連問題の予防を推進する流れが生まれているのです。
このような状況において、企業にできる対策としてまず挙げられるのが、アルコール使用障害の発見です。患者には、職場で以下のような行動や状態がみられることがあります。
- 遅刻、早退、突然の欠勤など
- むくみ、頻回なトイレの使用、手の震えなど
- ミスの増加、業務意欲のムラ
- 酒の臭いをごまかすためのマスクの使用、人から離れた位置に立つなど
こうした行動から異常を発見できれば、重症になる前に上司や産業医との面談につなげることが可能になります。
また、スクリーニングテストを実施することも有効です。近年用いられているものに「AUDIT(オーディット:Alcohol Use Disorders Identification Test、アルコール使用障害特定テスト)」があります。従来の健康診断の問診票に書かれていた簡単な質問とは異なり、客観的な標準化された評価ツールとして用いられるものです。飲酒問題の程度を評価する10項目が設定されており、酒量や週に何日飲酒するかを尋ねるほか、飲酒による失敗、家族から飲酒に関する注意を受けたエピソードなどについて従業員自身が回答する形で用いられます。
この結果を用いれば、問題飲酒者を同定し、適切な介入対象を拾い上げることが可能になります。20点以上ならアルコール依存症の疑いがあり、10点未満なら飲酒問題はないと考えられます。その間となる10〜19点となった従業員は、多量飲酒者としてカウンセリングなどの簡易加入の対象となります。AUDITは健診時やストレスチェックの際に使うことが理想的ですが、10項目全てに答えてもらうには時間がかかるため、飲酒量に関連した最初の3問だけでスクリーニングする「AUDIT-C」を用いることも推奨されます。
医療機関へつなげる場合には、心療内科や精神科の「減酒外来」、内科の「アルコール低減外来」などが窓口となります。実際に治療を受けた人の中には「飲酒量が半分に減った」「多量飲酒日が半分に減った」などの例が報告されています。また、治療が必要な状況には至らない場合も、節酒指導を受けて飲酒量を減らすことによって「身体が軽くなった」「だるさが消えた」「睡眠の質が改善した」といった例が報告されています。

https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/seikatsu/dl/hoken-program3_06.pdf,(参照:2025年2月28日).
「減酒」と「断酒」の治療の違い
とはいえ、すべての多量飲酒者に減酒治療が適しているわけではありません。減酒治療は、軽症の依存症で明確な合併症を有しないケースに用いられるもので、以下のような場合はいっさいのアルコールを断つ「断酒治療」が必要となります。
- 入院による治療が必要な患者
- 飲酒に伴って生じる問題が重篤で社会・家庭生活が困難な患者
- 臓器障害が重篤で飲酒により生命に危機があるような患者
- 現在、緊急の治療を要するアルコール離脱症状(幻覚、けいれん、振戦など)のある患者
また、断酒治療をすべき患者であっても、断酒の同意が得られない場合は治療から脱落してしまうことを避けるため一時的に飲酒量低減を選択することもあります。
多量飲酒を防ぐ社内の風土作り
医療機関の受診が必要な状況を未然に防ぐには、研修やセミナーも有効です。例えばある酒類メーカーでは、社員に集合研修を行うほか、新入社員に対し適正飲酒の基礎知識を学ぶ機会を設けています。また、新任の経営職に対しても適正飲酒に努めるよう促す研修が実施されています。
営業や接待、職場の宴会など、業務における飲酒の機会は多くあります。そうした場では、相手のペースに合わせた飲酒になりがちなため、自分の容量を超えた飲酒が多量飲酒のきっかけになることも少なくありません。こうした場において、宴会の終了時刻を設定したり、飲み放題やボトルでの注文、二次会の実施を禁じたりするなど、社内でのルールを設けておくことも有効です。上長など管理職が席次に配慮したり、一気飲みや飲酒の強要を行ったりしないよう指導するなど、現場での配慮や日頃の注意喚起を行うことも求められます。
「アルコール使用障害」が疑われる従業員がいたら
こうした予防策を取ったとしても、従業員のプライベートにおける飲酒に介入することは難しく、アルコール使用障害に至るケースは完全には防げません。アルコール依存症などの病気が背景にあれば、従業員の意思だけで改善することは困難です。従業員の本来のパフォーマンスを早期に取り戻すため、メンタルヘルス問題の可能性を考慮した企業側の対応も必要になります。
アルコール依存症の患者は、飲酒に問題を抱えていることを自覚していても、専門外来を受診しないことが多々あります。職場で受診を勧めても、受診の必要性を認めないケースも多いのです。本人が受診を拒否する場合、家族が先に専門医に相談するよう勧めることも必要です。
症状によっては、長期間の入院を要することもあります。治療を終えて職場に復帰する際には、以後の通院に支障がないよう、勤務日程の調整を行うなどの配慮が大切です。復帰後の宴会や接待など、仕事上で飲酒する機会を回避する調整も不可欠となります。また、仕事上の過大なストレスが生じれば、それをきっかけに再び飲酒の習慣が始まってしまうこともあるため、退院イコール治療の終わりではなく、長期にわたる再発防止が必要であることを職場が理解する必要があるでしょう。
まとめ
一部の個人の問題であると認識されがちなアルコール使用障害ですが、リモートワークなど新たな環境の変化やストレスの増大する社会にあって、従来以上に多くの人に関わる問題となっています。企業が予防を中心とした取り組みを行うことは、事故や法律上の問題を防ぐためだけでなく、企業の信頼の問題や、個人の業務パフォーマンスの低下を防ぐ上でも重要です。
飲酒そのものは個人の裁量の範疇にあり、業務上の介入が難しい問題ではありますが、スクリーニングテストの導入や、過度の飲酒につながる社内の風土を見直すことで改善をはかることは可能です。健康経営を推進する上で外せない問題であることを、経営層や総務、人事部などの各部門が認識することが今求められています。
<参考URL>
- アルコール健康障害対策|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000176279.html - 厚生労働省の「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」とASKの方針|特定非営利活動法人ASK
https://www.ask.or.jp/article/11687 - A U D I T アルコール使用障害特定テスト 使用マニュアル|WHO
https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/67205/WHO_MSD_MSB_01.6a_jpn.pdf
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