草の根の活動がアルコール依存を防ぐ 企業でできるアルコール対策の種

働く私たちにとって身近な健康課題を、産業医の野口裕輔医師が予防の観点から名医に聞く本連載、6回目は「企業としてみるアルコール対策」です。みなさんは普段どんな飲み方をされていますか。適度に楽しく飲めていれば良いのですが、ときに翌日以降にも影響が出るほど飲んでしまったりするケースもあるかもしれません。今回は国民健康保険町立小鹿野中央病院 総合診療科 内科医長の小澤秀浩先生にお酒との付き合い方を伺いました。
インタビュイー
小澤 秀浩(おざわ・ひでひろ)
国民健康保険町立小鹿野中央病院 総合診療科内科医長
杏林大学医学部卒業。練馬光が丘病院にて初期臨床研修、同院後期研修修了。〇〇年より小鹿野中央病院総合心療内科医長。著書に「総合診療ブラザーズの臨床栄養講座」(共著)。メンタルヘルスファーストエイドインストラクター研修修了。
インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー
「依存症とは何か」を知ることが予防の始まり
──ここからはアルコールの問題に至る前、予防という観点について、どのように個人が向き合っていくべきかについて教えてください。
小澤先生:まずお酒について、もっと賢くならなければいけません。例えば「依存症はお酒が好きだからなる」と考えている方が大勢を占めていると思うのですが、これですら誤解だということを知ってもらいたいです。どんなに好きなものでも人間はいずれ飽きます。食べ物で考えていただくと、ステーキが好きで、とても美味しいステーキを毎日食べられる状況だとしても、1週間食べ続けたら翌週は見るのも嫌になると思います。一方で歯磨きは1回しなくても仕方がないと諦められますが、1週間一度も磨くなと言われたら我慢できません。好きなものはいずれ飽きるのですが、嫌な感覚から逃れるために行う行動は習慣化しやすいと言えます。依存症もこれに似ていて、嫌な感覚から逃れようとして習慣化してしまう状態です。こういった知識や経験を学べる機会が、現在はまだまだ少ないです。お酒についてもそうですし、危険薬物やそもそもの病気についてなど、他のことにも詳しくなっていくことがリスクを減らすことに繋がると思います。
──お酒を飲む行為自体は一般的なことだけに、それにどう適切に付き合っていくかということに関しては「飲んで覚える」という傾向が強いですよね。厚労省が出した飲酒に関するガイドラインなども含めて、健康を害さない飲酒ってどれくらいなのかというのを学んだり、触れたりする機会があると変わりそうですね。
小澤先生:本当は学校教育などに組み込んでもらえたらいいですね。飲酒し始める前である大学の入学オリエンテーションでセミナーや講義があったりすると変わりそうです。他にもブリーフ・インターベンションを導入して行動変容に繋げることができたら良いと思います。残念ながらその知識が頭に残るかどうかはわかりませんが、少なくとも種を蒔くことにはなります。種を蒔かないと芽吹きもしませんからね。
今まで患者さんを見てきて、やはり一人で抱え込みがちな方は依存症になりやすいと感じています。自分だけで対処しようとして、他者に頼りたいけど頼れずに進んでしまい、お酒で紛らわせようとするような動きが多いです。こういった方々は真面目に頑張っている人なんじゃないでしょうか。だからこそ、対処法を先に知っておくことで、深みにはまる前にどうにかできる可能性もあると思っています。
──そうなってくると、ストレスコーピングなどにも繋がってくるのではないでしょうか。何かから逃れたり、不快を避けるための行動というのは、止められなくなるのが人間だと思います。コーピングの手段としてのアルコールは悪手だということを知っておくと良さそうですね。
小澤先生:いろいろなカードを持っておくことは大事ですね。アルコールに頼ってはいけないというのを教えるだけでなく、映画を見たりとか、いろいろなことを体験するというような、幅広い対処法を知っておくことが、変化につながると思います。
三重県の長徹二先生たちが開発された、アルコールなどの依存症にどう対処したら良いのかを学べる『カードゲーム依存症治療ツール ARASHI(アラーシー)』というツールをご存知でしょうか。あらゆるシチュエーションでどういう行動を取るのが最適なのかをカードで選びながら進めるゲーム形式の内容なのですが、こういった軽い感覚で対処を学ぶことができたら、多くの人にとっては負担にならないと思います。よく患者さんが、「止めます」とか「我慢します」というのですが、こういうツールなどを通して、「我慢は自分が元気なときにしかできないものである」ということを知ってほしいですね。

患者さんにアプローチすることも大事なのですが、もうひとつ、ご家族に対してもアプローチをするのが大事だと感じています。先程も言いましたが、ご家族のほうが先に『底付き』を体験するという実感があります。ですが、そこから脱する方法を知らないままになっています。ご家族に、患者さんやご自身との気持ちとの向き合い方を学んでもらうことで、解決できるようになるのではないでしょうか。そのためには、依存症の家族会などに参加いただくことで、学びに直結すると思います。最近ではオンラインでの開催などもあって繋がりやすくなっていますので、私は「パートナーの方も一緒に来てください」と勧めています。そうすることで、患者さんご本人だけではなく、ご家族も一緒になってよりよい治療環境へと向かっていけるようになります。
例として私が知っているケースですと、アルコールで夫婦喧嘩が絶えないご家族がいました。はじめは奥様がアルコール依存だったのですが、自助会などに通うことで治ったんです。しかし、そのようなケアを受けていない旦那様のほうが、今度は置き去りになってしまったような形になり、適応障害になってしまいました。その時の心情を伺ったのですが、「なんでアルコール依存のあいつがハツラツとしていて、自分は取り残されてつらい思いをしているんだ」という怒りの感情が湧いてきてしまったとおっしゃっていました。
そういったケースもありますので、ご家族もしっかりと繋がって治療を進めることが大事です。だからこそ、ゲームなど気軽な気持ちで学ベるツールを活用し、今の自分の状態や対処法を知っていただけたらいいですね。これは特に、治療が必要な状況になったときにこそ必要になるものです。やはりご家族はものすごく悩まれますから。
大きなチェンジよりも、企業の取り組みや小さな変化が問題を解決する
──本人だけでなく、家族もアルコールや依存症について知ることが大事なわけですね。アルコールは、身近で、社会的かかわりが深いものだと思います。そこに個人で対処するのも大事だと思うのですが、社会の側からお酒と適切に付き合える環境を作っていくことも大事なのではないでしょうか。そのあたり、先生はどのようにお考えですか。
小澤先生:いろいろな企業が爽快感を煽るようなCMを流されていて、飲んだことがない方でも興味を惹かれるような内容だったりしますね。ただ、そういった情報を隠したとしても、なにかが変わるわけではないと思っています。現状、アルコール依存症の人は約100万人で、そのうち80%の80万人くらいは疾患などで内科や一般医療に関わっているといわれています。ですが、そのうち5~8%程度しか実際にアルコール依存症の治療を行っていません。この大きなギャップを減らすためには、草の根的な機会教育が必要だと思っています。また、より気軽に相談できるような場を目に付くところに作ることも大切です。
これは烏山病院が行った事例なのですが、ギャンブル依存症の相談会を競馬場で開催し、その場でスコアリングなどもしたらしいのですが、かなり盛況だったそうです。そういった成功事例を横に展開することで、新たな気付きに繋がるかもしれません。例えば、お酒のイベントの横などで開催できると、皆さんの意識がグッと変わってくるのではないでしょうか。
──一人ひとりが正しく付き合えるような知識の底上げと、問題が起こった際の気軽な相談場所が必要なわけですね。
小澤先生:目標は「精神科に行くことを恥と思わないようにすること」ですね。もっと気軽に来ていただけるようになれば、治療も進みます。
──先ほど先生がおっしゃっていたことに繋がると思うのですが、アルコール依存症の問題が恥であると感じたり、人に話しにくいみたいな部分が根底にあるように思います。
小澤先生:病気なのに自己責任論で片付けられてしまうような、世の中の無理解が大きいと思います。うまく草の根活動を行うことで、そういった根底にある考えを少しずつ変えていけるのではないでしょうか。
イギリスの事例も面白いかもしれません。イギリスでは、会社でのメンタルヘルス教育がメンタルヘルスファーストエイドという名前で義務付けられています。アメリカでも、義務ではないものの、いろいろな企業が自主的に取り組んでいます。これらと同様に、各企業が草の根で広めていくことは大事だと思っています。イギリスのメンタルヘルスファーストエイドにもアルコールについて学ぶ章はありますからね。
──実際にメンタルヘルスファーストエイドを導入することで、メンタルヘルスに対する偏見であったり、差別的な意識が軽減されるとも言われていますね。そういったことが、海外では相談しやすさや他者が変化に気づきやすい環境を作っているのかもしれませんね。
小澤先生:実際に日本国内でも、イギリス資本の企業からは教育講演などで呼ばれるケースがあるそうです。こういう意識の差が大きいと思います。日本の企業では働き始めたらそのあたりが全て野放しになってしまっているので、生涯教育の一環で何かしら提供できたらよいですよね。
──先程おっしゃっていたような学生へのアプローチを始めて、働いている方々にもそういったケアができると理想的ですね。
小澤先生:そう思います。あと、社会ってキッカケがあると大きく変わる時があると思っています。自殺を例に取ると、電通の社員さんが自殺されたときに一気に変わりましたよね。アルコール依存症だと元TOKIOの山口達也さんが治療をしていますが、別の件などもあってあまり注目されずに終わってしまいました。山口さんはアスクという依存症問題に取り組むNPOの飲酒運転防止インストラクターでもあるのですが、そういった努力ももっと広まると良いと思っています。
──そういった社会的に影響のある方が発信をしてくれることも大事かもしれません。
小澤先生:今は発信をしても、見てくれるのは関心のある人たちだけなので、無関心層を関心層に変えられる、行動変容を進められる力が必要だと痛感しています。健康セミナー等を行っても、やはり伝わる層は限られてしまいますので。どうしたら企業の教育に載せたりできるのかは、御社などにも一緒に考えてほしい部分ではあります。イギリスのように義務化されていれば皆さんやると思うのですが、そうでない企業をどう動かしていけば良いのか、そのアプローチ方法を模索中です。
──ありがとうございました。
専門家コラムシリーズ
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