依存症に2つの否認あり!周囲の協力がアルコール依存症対策に

働く人たちにとって身近な健康課題について、産業医の野口裕輔医師が従業員の健康目線で名医に聞く本連載、「アルコール依存症」の後編です。「お酒が好きだからなる」「意思が弱いせいでなる」といった誤解を恐れたり、診療科が精神科であるなど、治療へのハードルが高いアルコール依存症を含むさまざまな依存症。その対策方法と代表的な2つの「否認」について、医療法人渓仁会手稲渓仁会病院精神保健科部長であり、アルコール依存症治療の碩学でもある白坂知彦先生にお話を伺いました。

インタビュイー
白坂 知彦(しらさか・ともひろ)
医療法人渓仁会手稲渓仁会病院 精神保健科部長
2005年に埼玉医科大学を卒業後、2012年には札幌医科大学大学院で医学博士号を取得。精神保健指定医、日本精神神経学会精神科指導医、米国 Matrix Model(アルコール・薬物依存症における認知行動療法プログラム)指導者研修修了、米国動機づけ面接トレーナー(MINTies)など、資格多数。札幌医科大学附属病院、コネチカット州立大学精神科等での臨床経験を経て、手稲渓仁会病院にて精神保健科部長として精神科医療に貢献している。また、北海道医療大学や岡山大学の非常勤講師を務め、国内外の学会・委員会活動にも積極的に参加するなど、臨床のみならず教育や研究にも力を注いでいる。
インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー
お酒の問題を認めることの難しさ~否認には2つある
──アルコール問題を抱える方を支えることの重要性についてわかってきました。アルコール問題に関わる際に、どのような要素に留意する必要があるのでしょうか。
白坂先生:依存症に関する特に大事な考え方として、「お酒の問題は認めたがらない」というものがあります。産業医である野口先生ならご理解いただけると思いますが、「お酒の問題だ」と伝えた時は「わかりました」とうなずいても、その後は「お酒の問題」に取り組むことはなく、そのままになっている人が多いと感じています。これは「否認」という精神症状があるから起こることです。実は否認には2つあって、両方知っている方はなかなかいません。これを知ってもらうことが啓発的にも意味があると思っています。
──確かに、アルコールの問題を指摘しても、なかなか受診に至らないケースは見てきました。「否認」にはどういったものがあるのでしょうか?
白坂先生:まず1つ目の否認は「アルコールの問題です」と指摘しても「アルコールの問題ではない」と思ってしまう否認です。自分に不都合なことを認めたくないという考え方からくるものになります。また、いわゆる“アル中”と言われてしまう嫌悪感や、世間から阻害されたり、アルコールを飲めなくなってしまうことからの逃避も含まれています。これは自分を脅かすものから身を守ろうとする心の構えです。認めないで、口だけで「わかっている」と言うだけでは、お酒を飲み続けてしまいます。依存症と認めていないから止めようともしない。そうこうしているうちに問題が深刻化して、仕事を失ったり、体調を崩したり、家庭環境が悪くなって、本当にどん底になるまで飲み続けてしまうという結果になります。

まずは、認めることが大事です。本当に止めたいと思っているのに、実際にはお酒を止められないと認めることです。これは単に病気であるということではなくて、お酒に対して、自分はあらがえなかったということを認めることになります。こういった苦悩を理解するために断酒会であったり医療グループというのが大事になってきますし、それが断酒に繋がります。自分ひとりの力ではできないことを認め、家族や医療、断酒のグループなどの支援を受けながら解決していくわけです。
──医療や家族といった周囲のサポートが必要なわけですね。
白坂先生:はい、そうです。これで1つの否認を打ち破ったことになります。ここまではどんな本にも書いてあるのですが、実はこの奥にもう1つ、「本当の否認」があるということを知ってほしいです。それは何かというと、「お酒さえ飲まなければ、なんの問題もない」と考えることです。
白坂先生:患者さんは「職を失しない、家族を失しない、不健康となったのは全てお酒のせい」ということにしたいわけです。諸悪の根源はお酒でそのお酒も断ったので、それで一件落着だと思いたいのもわかります。しかし、こういった問題を抱えている方は「お酒が好き」なだけでそうなるわけではなく、それに駆り立てられた心の悩みが必ずあり、それを認めることはもっと辛いことだと気がついています。つまりこれも、認めたくないのです。

これを認めないとどうなるのか。お酒を飲んでいないだけで、行動や考え方は変わりませんから、辛いことに向き合わず何かにすがる依存的な性格はそのままになってしまいます。そのまま、お酒だけを我慢しても当然苦しいですし、長続きしません。そうなると結局、パチンコや買い物、薬物やセックスなど、他のことにすがってしまいます。
問題はお酒ではなく自分自身なのです。多くのものを失った過去はお酒が好きだっただけではない別の理由があったとしっかり認めること。そして「お酒の力がなければ、自分を保てなかった」「飲み過ぎて依存症になったのではなく、依存症になるまで飲まなければ生きてこられなかった」、これらのことを理解してもらうことから始まります。
──アルコール依存症ではないという否認と、その背後にある「お酒の問題であって私の問題ではない」という否認の2つがあるのですね。本人の価値観などにも深く結びついていて、表面的にアルコールを断つだけでは解決が進まないわけですね。
白坂先生:みなさんの周りにも、お酒の問題に困られている方とか、介入を受けている方はいると思いますが、ただお酒を止める、止めないということで綱引きをしても意味がありません。依存症の方の問題の本質は何なのかと考えて寄り添ってあげること、それが一番大事です。お酒ではなく自分の問題なのだと認められるようになると、ちゃんと自分に真摯に向き合うようになるし、なぜお酒なしで生きてこられなかったのか、なぜお酒に駆り立てられるのかを考えるようになります。そうなると、謙虚に自分のことを語れるようになります。
これらを踏まえて我々自身にどういったことができるのか。今、我々がやっているのは、このきっかけになるものを作ることです。先ほど申し上げたように、総合病院に身体の問題でいらっしゃる方はいますが、専門病院だと少し構えてしまう。そこで、その真ん中に小さな拠点をつくりました。『お酒のもんだい相談外来』というものを作って、橋渡し役として活動しています。

一般科と精神科を繋ぐ橋渡しが『お酒のもんだい相談外来』
──『お酒のもんだい相談外来』とは面白い名前ですね。橋渡しとのことですが、どのようなことをやられているのでしょうか?
白坂先生:この外来でやることは繋ぐことです。最終的にお酒を止めた方がいいのですが、段階的にはお酒を飲むことも認めますよ、というスタンスで行っています。お薬での治療も並行して行いますが、公認心理師とカウンセリングをして、自分の内面としっかりと向き合ってもらいます。病院では、お酒を飲んでいることを正直に言うと怒られると思ってしまいがちですが、我々としてはお酒のことを正直に話すことができる安心安全の場を提供することで、初めて治療が進むと考えているのです。飲んでいてもいなくても、2週間に1度程度のペースで毎回20分くらいお話をして、関係性を積み重ねていきます。

私はこの病院に2015年に着任したのですが、私が着任する前は消化器科などから精神科に紹介した、とまではカルテに書いてあっても、実際には外来受診者は少なく、救急車で搬送されてきたりしていたそうです。しかし外来の設置後、ちゃんと向き合えている患者さんは確実に酒量が減っているというデータがまとまってきました。こちらは論文にもしたのですが、今では1/5程度は減酒し、1/4程度は断酒という結果になっています。

──素晴らしいご実績ですね。アルコールを単に減らすだけでなく、寄り添ったり支えることが結果につながっているのでしょうか。
白坂先生:楽しく健康的にお酒が飲めていて、家族が幸せで、自分の生活が充実して自立しているのであれば、私はよいと思っています。よくアルコールの量を基準にしてしまいますが、患者の最終的なアウトカムは酒量を減らすことだけではありません。どう幸せになるかです。そのためのお手伝いをするのが、我々の役割だと思っています。
また、どうしても社会的に「よくない人」であったり、自己節制ができていないなど、ネガティブな感情で返されたりする風潮があります。特に芸能人の方などは世論から批判されたりもします。しかし、それはお酒だけの問題ではなく、大変な生い立ちや背景を抱えているのだということを、もっと世の中に知らしめていきたいと思っています。この啓発も大事な仕事だと思っています。
──表面的なところだけではない、根本的な問題があるということが一般的に知られていくと、理解や治療が進みそうです。もうひとつ興味深かったのが、先生の患者さんはお酒を飲み続けながらも外来に来てくれるという点です。このような患者さんには、どのような背景があるのでしょうか?
白坂先生:外来に通ってくれている段階で、やはり自分の中でも問題意識があるのだと思います。あと、飲んでも飲まなくても、そこは患者と医師ではなく「人と人との関係」としてちゃんと来て話をしにおいで、ということを示しているので、そこをご理解いただけているからこそ、だからなのだろうと思います。私が心がけていることで「綱引きをしない」というのがあります。どうしてもお酒を飲んだか飲まないかで判断してしまいがちですが、そういう緊張関係や対立関係は良い方向にいきません。これは、医者と患者の関係だけでなく親子の関係でもそうです。
──確かにお酒を飲んだ・飲まないであったり、ゲームをした・しないであったりというのは、それ自体が問題でもあるんですが、根本にある問題が表出されているものだと理解しないと不毛なやりとりに終始してしまうわけですね。
白坂先生:まさに不毛なものにつながってしまうと思います。不毛だというのに口論になりますし、話が進まないわけです。そこで、患者さんにとっての本質は別のところにあるという話は良くさせてもらっています。
──そこで先ほどお話しされていたような、お酒を飲まないというよりも、ご本人が幸せに生きられるかという話が大事になるわけですね。
白坂先生:その通りだと思います。特に精神科にいらっしゃる方には当てはまると思います。当然、メンタルヘルスの問題で通われる方はいらっしゃいますが、うつやアルコールなど、さまざまな問題がありますが、そのベースとなるのが「その人それぞれが幸せにどう生きるか」というものです。
お酒の問題は枝葉の問題。幹の問題にフォーカスする
──お酒を飲むことはソーシャルな側面がありますし、一般的な行為でもあると思います。依存症や不健康な飲み方に陥らないためにするために、お酒との付き合いで重要なことを教えてください。
白坂先生:最近できた飲酒のガイドラインですと、20〜40gよりも少なくという基準は当然守っていくべきものになりますが、量という観点と同様に大事なのが、
①「止めよう」と思ってから2週間しっかり止められるか
②お酒が原因でカラダを壊していないか
③お酒が原因で家族や職場にトラブルが起きていないか
です。カラダを壊したりや迷惑をかけてしまっているとなると、一線を越えてしまっているということがありますので、そこが介入のポイントになります。
──はからずもそう言った問題に繋がってしまう場合はあると思うのですが、そういう際に家族や職場の人、周囲の人はどういうことができるのでしょうか。
白坂先生:例えば会社なら、お酒の問題が前面に出て出社してこないとか、トラブルを起こすと目立ってきてしまいます。また家族なら、飲んだ、飲まないなどで言い争いになってしまいます。そういったケースでは、診察に職場の上司や家族がついてきたりもしますが、皆さんにいうのが、単にお酒を制限するだけではなくて、飲みすぎてしまう背景に何か悩みやつらさがあるんじゃないか、という視点から声かけをしてあげると、本人への見方が変わるかもしれないですよ、という話はします。
医療従事者は当然寄り添いますが、上司や労務から少しでも背景のことを聞いてあげるような対応ができると、社会も変わってくると思います。
──お酒という形で問題が現れているかもしれないですが、そこの奥に何があるのかというのを、心に留めて接するわけですね。
白坂先生:お酒は木に例えれば「枝葉」なんですよ。その「幹」には必ずその人の抱える生きづらさの理由になっている問題があります。「幹」の根本的な問題があって、そこから伸びている枝の一つがお酒の問題だっただけなので、その枝を切っただけでは解決になりません。
──そうなるとギャンブルなど別の依存先を見つけるだけになってしまうわけですね。
白坂先生:まさに「寄り添う」という言い方をしますが、本人が抱える生きづらさの理由を見つめて、認めていくというプロセスを踏んでいけるようにしないとそうなってしまいます。認めるまで時間がかかってしまう人もいらっしゃいますが、周囲や医療従事者が諦めてしまうとおしまいなんです。いろいろあっても支えてあげていると必ず変わる瞬間があると、私達は実体験で知っていますが、なかなか信じられないことだとは思います。必ずその瞬間は来るので、見捨てないで繋いでいってもらいたいというのが、私からの願いです。

──やはりひと昔前ですと、底つき体験のように、突き放しに近いことも行っていたと思いますが、むしろ徹底的に見放さずに寄り添っていくということが必要なのですね。
白坂先生:もちろん寄り添いすぎて疲れてしまうという場合もありますので、どんな時も必ず寄り添ってというつもりはありません。一定の距離を持っていたとしても、見放さず、切り捨てずに、つながっているというのは必要です。野口先生もキーワードでおっしゃっていましたが、これまでは「底つき」といって、とことん駄目になってどん底に落ちるまで放っておけという考えもありました。そこまでしないと介入できないという考え方だったからです。ですが、多くの方は底をつく前にお亡くなりになってしまいます。これって誰も幸せではありません。
そういうこともあって、今は「底上げ」と言っています。底を上げて早くから繋いであげることが大事になります。底つきというような考え方、医学教育のところから変えていく必要があると思っています。
──私が学生だった2010年前後にもまだ言われていた気がします。底をついた経験がないとダメだと。
白坂先生:私も手伝った一番新しいガイドラインが2018年に制定されていますが、そこで底つきにはエビデンスがないという話が盛り込まれましたので、まだまだ10年も経っていないですね。医師も、自分の専門分野についてはアップデートしていきますが、専門外だとなかなか追いつかない部分がありますので、底つきのような考え方は残ってしまっているかもしれません。
──精神科以外の医療に関わる先生や従事者たちにぜひ知ってもらいたいですね。やはり精神科以外で治療されているケースが非常に多い疾患でもあると思います。肝硬変などで来ている方は、アルコールに問題を抱えている場合もあるわけですから。
白坂先生:知ってもらえるととてもありがたいです。私の勤める病院は、10年で本当にすごく変わりました。消化器の先生なども、昔は厳しい言い方をされていたケースがあったようですが、定期的に先生方をお招きして勉強会などをさせてもらった結果、雰囲気はとても変わりました。こういう動きが、全国に広がっていけばと思っています。日本総合病院精神医学会などではチームを作ってケア方法などをまとめています。私も整形か救急か、どこから介入していくのがいいのか、どう介入していくのがいいのかという話はさせてもらっています。また、2026年の秋には私が大会長をつとめさせていただくアルコール・アディクション医学会が札幌で開催されます。そこでも、より正しい知識を広げて、我々の活動が全国に広がってくれればと思っています。これはもはや半分ライフワークですね。
──先生の活動が広がっていくと、アルコール問題がある患者さんも適切な医療につながっていくと思いますし、企業の方にも知ってもらって広がっていくと、世の中の考えが変わる第一歩になるかもしれないですね。本日はありがとうございました。
専門家コラムシリーズ
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