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データは「対話」のための共通言語。データドリブン・ウェルビーイング経営の全貌(PHONE APPLI)

2026.1.16

「健康経営の重要性は理解しているが、その効果をどうやって経営層に説明すればいいのだろう」「かけたコストに対し、得られるリターンが見合っているのか不安だ」。ウェルビーイングへの取り組みを進める上で、この「効果の可視化」という壁は、多くの人事労務担当者を悩ませる大きな課題です。

もし、従業員の幸福度が、生産性やエンゲージメント、ひいては会社の業績とどう結びついているのかを、客観的なデータで示せるとしたら。それは、ウェルビーイング経営を、単なる「良い取り組み」から、「勝つための経営戦略」へと進化させる強力な武器になるはずです。

後編では、前編に引き続き株式会社PHONE APPLIの取締役/コーポレート統括の松本智様、CWO(Chief Well-being Officer)である藤田友佳子様、そして健康経営の実務を担う宮城七奈様に、同社が実践する「データドリブン・ウェルビーイング経営」の具体的な手法と、その根底にある哲学について、詳しくお話を伺いました。専門家として戦略を描く藤田様、経営者として意思決定に活かす松本様、そして現場でデータをアクションに変える宮城様。三者それぞれの視点から、その本質に迫ります。

株式会社PHONE APPLI

「すべての企業をウェルビーイングカンパニーにアップグレードすること」を目指し、組織を強くするコミュニケーションポータル「PHONE APPLI PEOPLE」等クラウドサービスの企画・開発・販売をおこなっている企業です。

健康経営優良法人 受賞・認定歴

2018年度:健康経営優良法人 大規模法人部門・ホワイト500認定
2019年度:健康経営優良法人 大規模法人部門・ホワイト500認定
2020年度:健康経営優良法人 大規模法人部門・ホワイト500認定
2021年度:健康経営優良法人 大規模法人部門・ホワイト500認定
2022年度:健康経営優良法人 大規模法人部門・ホワイト500認定
2023年度:健康経営優良法人 大規模法人部門・ホワイト500認定
2024年度:健康経営優良法人 大規模法人部門認定

松本 智(まつもと・さとし)
取締役/コーポレート統括

藤田 友佳子(ふじた・ゆかこ)
執行役員CWO
兼ウェルビーイングデザイン部 部長

宮城 七奈(みやぎ・なな)
ヒューマンサクセス本部
ヒューマンキャピタル ヘルスデベロップメント

なぜ、私たちは「測り続ける」のか? 戦略としてのデータ活用

──ここまでのお話で、貴社が「従業員との対話」を非常に重視されていることが感じられました。ここからは、貴社の取り組みのもう一つの特徴である「データの活用」についてうかがいたいと思います。多くの企業が効果測定の難しさに直面する中で、貴社がデータ活用を徹底されているのは、どのような理由からなのでしょうか。

藤田様:それは、私たちがウェルビーイング経営を「経営戦略」そのものだと位置づけているからです。経営戦略である以上、感覚や経験則だけに頼るのではなく、客観的なデータに基づいて現状を分析し、次の施策を立案していくのは、ビジネスとして当然のことだと考えています。そして、その根底には「測れないものは、改善できない」というシンプルな思想があります。この考えに基づき、まず初めに取り組んだのが、私たちの道しるべとなる「戦略マップ」の作成でした。最終的なゴールである「組織の成長」から逆算し、その達成のために必要な要素は何かを、「身体的」「精神的」「社会的」という3つの側面から多角的に洗い出し、それぞれに具体的な指標(KPI)を設定したのです。

その代表的な指標が、弊社独自の月次アンケートである「WCS(Well-being Company Survey)」や、プレゼンティーイズムの測定です。WCS(Well-being Company Survey)は、ホワイト企業大賞のアンケート(全40問)の中から、幸福学の第一人者である慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授がデータ分析を行い、導き出した「ホワイト企業の3つの因子(いきいき・のびのび・すくすく)」に基づく12問を抽出し、PHONE APPLIが開発したサーベイです。プレゼンティーズムとは、出勤はしているものの、何らかの心身の不調が原因で本来のパフォーマンスを発揮できていない状態を指し、組織の隠れた生産性損失を示す重要な指標となります。

──指標を設けるだけでなく、それを「毎月」測定されている点に強いこだわりを感じます。これだけ高頻度で定点観測をされている企業は、なかなかないのではないでしょうか。

藤田様:はい、ウェルビーイング経営を本気で推進していくのであれば、測定の頻度は非常に重要だと考えています。年に一度のエンゲージメントサーベイなどももちろん有益ですが、それだけでは日々の細かな変化や、施策を打った直後の反応など詳細に捉えることは難しくなります。毎月、継続して同じデータを取得することで初めて、施策一つひとつの短期的な効果や、季節によるコンディションの変動、組織の小さな変化の兆候といったものが見えてきます。例えば、「WCS」は従業員の負担にならないよう12項目のシンプルなアンケートに設計していますが、これを毎月実施することで、組織全体の「体温」の変化にタイムリーに気づくことができます。

データは、いわば組織の定期健康診断のようなものです。年に一度の診断だけでは見過ごしてしまうかもしれない小さな変化を、月次のデータで捉える。それによって、問題が深刻化する前に手を打つ「早期発見・早期治療」が可能になるんです。

──健康診断という例えは、人事労務担当者にとっても非常にイメージしやすいですね。

松本様:まさしくその通りです。経営の視点からも、この月次のデータは極めて重要です。従来の年次報告だけでは、どうしても問題が顕在化してから対応する「後手の経営」に陥りがちです。しかし、月単位で組織のコンディションをリアルタイムに近い形で把握することで、より迅速で的確な意思決定、つまり「先手の経営」が可能になるのです。これは、変化の激しい現代において、企業の持続的成長を支える上で不可欠な要素だと考えています。

データは経営と現場の「羅針盤」になる。それぞれの活用法

──月次でのデータ測定が、迅速な経営判断にも繋がっているのですね。実際に収集されたデータは、取締役、専門部署、実務担当者、それぞれの立場でどのように活用されているのでしょうか。

松本様:私たちは、WCSなどのデータをいつでも閲覧できるよう、BIツール上にダッシュボードを設け、マネージャー以上の役職者がアクセスできるようにしています。取締役として私が見ているのは、会社全体の傾向はもちろんですが、それ以上に「各部門のマネージャーがこのデータをどう活用し、チームの成長に繋げているか」という点です。私たちが彼らに求めているのは、他のチームとスコアの高さを比較することではありません。重要なのは、「自分のチームのスコアが、先月、半年前、など過去の数値と比べてどう変化しているか」という時系列での推移を観察し、その背景に何があるのかをメンバーと対話することです。

──他者との比較には使用しないのですね。具体的にはどのように使用するのでしょうか。

松本様:例えば、あるチームの「成長機会」に関するスコアが下降傾向にあれば、それはメンバーが何かしらの壁にぶつかっていたり、新しいことへの意欲を失いかけていたりするサインかもしれません。そんな時、マネージャーには1on1などの場で、「こういうデータが出ているんだけど、最近何か新しいことにチャレンジしづらいと感じることはないかな?」と、データをきっかけに対話を始めるように促しています。データがなければ、それはマネージャーの主観的な憶測や「最近元気ないね」といった漠然とした声かけになってしまいます。しかし、「客観的なデータ」という共通の事実を示すことで、メンバーも安心して本音を話しやすくなる。データは、質の高い対話を生むための共通言語であり、組織の課題解決能力を高める強力な「羅針盤」なのです。

宮城様:私たち実務担当も、WCSなどの羅針盤を頼りに具体的な施策を企画・実行しています。例えば、全社の月次推移データを見て、特定の部署になんらかの問題があると察した際は、その部署のマネージャーに部署内での対話を促し、必要に応じて人事部門も動くなど、データは次のアクションを考える上で具体的なヒントを与えてくれます。

また、「仕事に影響を及ぼす健康問題調査」のデータで「肩こり」に関する項目が悪化していれば、毎月全社で実施しているセミナーイベント「ウェルビーイング・アワー」のテーマを、専門家を招いた肩こり解消のワークショップにする、といった形で活用しています。このように、従業員のリアルな課題感にデータを通じて寄り添い、的確なソリューションを提供することを大切にしています。

「フィードバックループ」が全社を動かすエンジンとなる

──データが、経営、マネジメント、そして現場の施策、それぞれに有機的に活かされていることがよく分かりました。ただ、従業員の立場からすると、アンケートに答えるばかりで、その声がどう活かされているのかフィードバックがないと、協力する意欲が薄れてしまう懸念もあるかと思います。その点はいかがでしょうか。

藤田様:まさしくその通りで、「データを取りっぱなしにしない」ことは、私たちが何よりも重要視している点です。そのために、私たちは「フィードバックループ」、つまり、集めた声(データ)を分析し、具体的なアクションで応え、その結果をまた全社に共有するという循環を、組織のエンジンとして機能させることに力を入れています

その象徴的な事例が、経営陣の交代を機に実施した「役員と従業員との対話会」でした。会社の未来に対する従業員の期待や不安を、経営陣が直接聞くために、全従業員を対象とした対話会を約半年かけて50回近く実施しました。そこで出てきた500以上の意見や要望は、一つひとつすべて記録したうえで集計し、経営課題としてリストアップして全社に公開したのです。

──全従業員を対象に対話会を開くというのは、この規模の企業ですと前例のない画期的な取り組みですね。ご苦労も多かったと思いますが、どのような成果がありましたか。

松本様:非常に多くの成果がありましたが、このプロセスで最も多くの声が寄せられたのが「人事評価制度の透明性」に関する課題でした。「評価の基準が分かりにくい」「なぜあの人が評価されて、自分が評価されないのか納得できない」といった声は、経営の一員として真摯に受け止めました。

私たちは、この対話会で得られた声を基に役員の間で議論を重ね、会社として本気で制度改革に着手することを決定しました。半年以上をかけて、評価の透明性を高め、従業員一人ひとりが納得感を持って働けるような新しい人事制度を構築したのです。この一連の流れは、単なる制度改定以上の意味を持ちました。「私たちの声は、ちゃんと経営に届くんだ」「この会社は、私たちの声に基づいて変わろうとしてくれるんだ」という実感は、従業員の会社に対する信頼感を大きく高める、非常に重要な経営投資だったと考えています。

宮城様:現場担当者としても、この改革は大きな変化でしたね。従業員から制度に関する問い合わせがあった際に、その背景や目的を自信を持って説明できるようになったことは、私たち自身のエンゲージメント向上にも繋がりました。会社と従業員の間の信頼関係が、より一層強固になったと感じています。

データがもたらしたPHONE APPLIの変化とこれから

──従業員の声を真摯に受け止め、具体的な改善に繋げられているのですね。データの収集や分析は非常に地道で大変な作業だと思いますが、このデータ測定と改善の先に、どのような成果が見えていますか?

藤田様:特に採用面での手応えを強く感じています。ウェルビーイングを大切にするという会社の姿勢を、具体的なデータや取り組みと共に発信することで、その価値観に共感してくださる優秀な人材からの応募が明らかに増えました。これは、入社後のミスマッチを防ぎ、定着率を高める上でも非常に大きな効果があると感じています。現代の求職者の多くは、給与や待遇だけでなく、「その会社で自分がいきいきと働けるか」を非常に重視していますから。

実際、2024年度に入社した社員の定着率は100%、過去3年間における定着率は94.7%と、業界平均である約87%を大きく上回っています。当社では以前から定着率がかなり高かったこともあり、取り組みの効果を定量的に実証するには至っていませんが、業界全体の定着率は近年低下しているなかでも当社は高水準を保てている背景には、ウェルビーイング経営の影響が少なからずあると考えています。

松本様:経営者としては、業績との緩やかな、しかし確かな繋がりを感じています。具体的な成果は、経営指標にも表れています。例えばWCSは、2020年度の平均4.83点(7点満点)から、2024年度には5.18点へと着実に改善しました。これは、制度やIT環境、出社したくなるオフィス環境整備などを通じた「働きやすさ」の向上に加え、高い心理的安全性を基盤に社内外のコミュニケーションの質を高めることで、社員の「働きがい」向上に寄与してきた結果だと考えています。さらに、こうした取り組みは業績にも反映されています。リカーリング収益は2020年度の12億円から2024年度には38億円へと約3倍に成長しました。

ウェルビーイングへの取り組みは、短期的に見ればコストに見えるかもしれませんが、長期的には会社の競争力の源泉となる最も重要な経営投資の一つだと確信しています。これは、離職を防ぐといった「守りの施策」であると同時に、イノベーションを創出し、企業価値を高める「攻めの施策」でもあるのです。

データ活用は、まず「現在地を共有する」ことから

松本取締役、藤田CWO、宮城様のお話は、データがウェルビーイング経営をより客観的で、説得力のあるものへと進化させる力を持つことを教えてくれます。このインタビューから見えてきたデータ活用への道は

  • 目的を定め、経営と共有する
    • まずは「何のためにデータを取るのか」を明確にし、それが経営課題の解決にどう繋がるのかを経営層と認識を合わせることが第一歩です。
  • 継続できるシンプルな仕組みから始める
    • 最初から完璧を目指す必要はありません。まずは簡単なアンケートを毎月実施するなど、無理なく続けられる仕組みを作ることが重要です。
  • 結果を必ずフィードバックし、対話の場を作る
    • 最も大切なのは、データから見えた「現在地」を従業員と共有し、未来について一緒に考えることです。データは、そのための最高の「対話のツール」になります。

の3つに集約されるのではないでしょうか。データは、従業員を管理するためのものではなく、組織と個人が同じ地図を見ながら、より良い未来へ向かうための共通言語です。PHONE APPLIの事例を参考に、皆さまの組織でも「納得感のある」健康経営、ひいてはウェルビーイング経営への第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

千の提言

千の提言シリーズ

取り組む企業が16,000社を超えた健康経営。 そのお手本とも言える「ホワイト500」「ブライト500」企業は どんな失敗をし、何に悩み、どう成功パターンを発見したのか。 各企業の担当者に秘伝とも言える話を伺います。

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