加熱式タバコもリスクは大きい 専門医が語るタバコの「不都合な真実」

働くわたしたちにとって身近な健康課題について、産業医の野口裕輔医師が予防の観点から名医に聞く本連載、今回のテーマは「タバコ」です。近年、紙巻きタバコの禁煙が進む一方、「加熱式タバコなら安全」という認識が広まっています。それは果たして事実なのでしょうか。呼吸器内科の専門医として数千人の禁煙治療に携わり、東京都医師会のタバコ対策アドバイザーも務める中央内科クリニックの村松弘康先生に、加熱式タバコに潜むリスクについて詳しくお話を伺いました。

インタビュイー
村松 弘康(むらまつ・ひろやす) 先生
中央内科クリニック 院長 東京都医師会タバコ対策委員会アドバイザー
呼吸器内科・アレルギー科の専門医。国立国際医療研究センター、同愛記念病院、慈恵医大などの勤務を経て、2013年から実家の中央内科クリニックに勤務。喘息やCOPDなどの専門的な治療を行う傍ら、数千人規模の禁煙外来を担当。その豊富な臨床経験から、日本禁煙学会理事や日本呼吸器学会の禁煙推進委員会副委員長、東京都医師会タバコ対策委員会委員長などを歴任し、喫煙問題に関する社会的な啓発活動、特に若年層への喫煙防止教育にも精力的に取り組んでいる。
インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー
「有害成分が削減された」ことは、「健康リスクが削減された」ことではない
──本日はありがとうございます。近年、喫煙率は低下傾向ですが、最近の動向はいかがでしょうか。特に加熱式タバコの普及が気になります。
村松先生:日本の喫煙率は長期的に見れば低下していますが、実は昨年、一昨年と比べて少し増加に転じました。コロナ禍で三密を避けるために喫煙所が閉鎖され、一時的に喫煙率が下がったのですが、社会活動が戻るにつれて再び上がってきている印象です。
特に懸念しているのが、ご指摘の通り加熱式タバコの急速な普及です。これまで吸っていなかった方が「加熱式なら大丈夫だろう」と新たに吸い始めたり、紙巻タバコを吸っていた方が「健康のために加熱式にすれば安心だ」と切り替えたりするケースが非常に増えています。しかし、この「安全・安心」という認識は残念ながら大きな誤解です。
──「有害成分90%カット」という宣伝文句をよく目にします。これを見ると、やはりリスクも大幅に減るように感じてしまいます。
村松先生:そこが大きな誤解を生む原因となっています。有害成分が90%削減されたとしても、健康リスクが90%削減されるわけではありません。私はよく患者さんに、「ビルの100階から飛び降りた時の死亡率と10階から飛び降りた時の死亡率に差はあるでしょうか?」とお尋ねします。高さは確かに90%カットですが、死亡率はおそらく両者とも100%致命的な結果は同じですよね。そもそも紙巻タバコの有害性が莫大すぎるのです。米国の研究では、1日に吸う本数が1本未満の方でも、死亡リスクは非喫煙者の1.64倍になることが示されています。ごく少量でもタバコの害は極めて大きいのです。
実はこれ、過去にタバコ業界が使ったのと同じ宣伝手法です。かつて「超低タールタバコ」が発売され、タール値が通常の10mgから1mgへと90%以上カットされましたが、最終的に肺がんの発生率や死亡率は、レギュラータバコを吸っていた人と全く変わらないという研究結果が出ています。すでに結論は出ているのに、製品の形を変えて同じ宣伝文句が使われているのが現状です。
──加熱式タバコならではの、新たな健康リスクというものもあるのでしょうか。
村松先生:はい。大前提として、紙巻タバコで起こる病気は、加熱式タバコでも全て起こり得ると考えるべきです。その上で、加熱式だからこそ生じる、見過ごせない新たな健康リスクが次々と報告されています。
例えば、喫煙により発症することでよく知られている「急性好酸球性肺炎」という疾患があります。これは喫煙を開始して数週間から数ヶ月で発症するアレルギー性の肺炎ですが、加熱式タバコでも同疾患が発症することが報告されています。
16歳の若者がECMO(ExtraCorporeal Membrane Oxygenation:体外式膜型人工肺、略称:エクモ)という生命維持装置が必要になるほど重症化したケースの報告もあり、また、47年間紙巻タバコを吸い、健康を気遣って加熱式に切り替えた途端に、この肺炎を発症したケースも報告されています。

加熱式タバコには、燃えないように保湿する目的や、ニコチンを気化させやすくする目的などで様々な化学物質が添加されており、従来のタバコよりもアレルギー性の肺炎を引き起こしやすい可能性、また重症化しやすい可能性があるかもしれません。
さらに、加熱式タバコの蒸気(エアロゾル)には、紙巻タバコにはない有害物質が含まれています。保湿剤として使われるプロピレングリコールやグリセロールなどは、食べても安全な食品添加物ですが、加熱して吸引すると、発がん性物質「ホルムアルデヒド」などに変化します。また、加熱コイルから溶け出すクロムや鉛などの「重金属」を吸い込むリスクも指摘されています。これは工場の溶接作業で問題となる「金属ヒューム」と同じで、国際がん研究機関(IARC)はこれを「グループ1」、すなわち人間に対する発がん性が最も明らかな発がん物質に分類しています。

従来疾患に関しても、リスクは大きく変わらない結果に
──COPD(慢性閉塞性肺疾患)や高血圧といった、従来のタバコで問題視されてきた病気のリスクはどうなのでしょうか。
村松先生:それらのリスクも、残念ながら同等レベルで存在します。息切れに苦しむCOPDは、タバコに含まれるニコチン自体が肺の組織を破壊することで進行することが、近年の研究で明らかになってきました。加熱式タバコも紙巻タバコとほぼ同等のニコチンを含んでおり、肺の炎症や組織破壊を引き起こす力は同等であることが示されています。また、血管を収縮させるニコチンの作用による高血圧や動脈硬化のリスクも、加熱式タバコと紙巻タバコで同等であることが、産業医のグループや国立国際医療研究センターの研究によって報告されています。
──健康経営に取り組む企業として、これらのリスクをどう従業員に伝えていけば良いでしょうか。
村松先生:まず、「安全なタバコはない」という事実を、繰り返し伝えることが重要です。特に、「加熱式タバコは安全」というイメージがいかに巧妙に作られたものであるか、科学的根拠を具体的に示していく必要があります。
また、新たな問題として、家庭内での受動喫煙や乳幼児の誤飲事故が深刻化しています。加熱式タバコは安全という思い込みから、家族のいるリビングで喫煙を再開する人が増え、使用済みのカートリッジを乳幼児が誤飲し、内部の金属片で消化管を傷つけそうになった事故も報告されています。従業員本人だけでなく、大切な家族の健康を守る視点からも注意喚起が不可欠です。
企業の活力は、従業員の健康の上に成り立ちます。社内に蔓延する「安全神話」を払拭し、従業員一人ひとりが自身の健康と向き合うきっかけを作ることが、健康経営の重要な第一歩となるでしょう。
イメージに引きずられず、しっかりと健康リスクを見極めることが大切
タバコを吸うことが当たり前だった昭和の世代から、タバコの害については知られてきました。しかし、新たなタバコ「加熱式タバコ」でも同様、むしろケースによっては従来のタバコにはなかった健康被害を招く可能性がおわかりいただけたのではないでしょうか。我々はタバコとどう向き合っていくのが良いのでしょうか。後半では村松先生に、禁煙への脳科学を応用したアプローチ手法について教えていただきます。
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