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受診しているのはわずか3% 身近に起こるアルコール依存症を名医が語る

公開日: 2025.4.9
更新日: 2026.2.19
受診しているのはわずか3% 身近に起こるアルコール依存症を名医が語る

働くわたしたちにとって身近な健康課題、産業医の野口裕輔医師が予防の観点から名医に聞く本連載、第1回は「アルコール依存症」です。全国に109万人も潜在的な患者がいるとされていますが、実際に治療にまで行き着いているのはそのうちのわずか3%=4万人程度といわれています。また、「お酒が好きだからなる」「意思が弱いせいでなる」と思われているなど、まだまだ誤解の多い病気でもあります。今回は、医療法人渓仁会手稲渓仁会病院精神保健科部長であり、アルコール依存症治療の碩学でもある白坂知彦先生にお話を伺いました。

野口 裕輔(写真左)、白坂 知彦先生(写真右)

インタビュイー
白坂 知彦(しらさか・ともひろ)
医療法人渓仁会手稲渓仁会病院 精神保健科部長

2005年に埼玉医科大学を卒業後、2012年には札幌医科大学大学院で医学博士号を取得。精神保健指定医、日本精神神経学会精神科指導医、米国 Matrix Model(アルコール・薬物依存症における認知行動療法プログラム)指導者研修修了、米国動機づけ面接トレーナー(MINTies)など、資格多数。札幌医科大学附属病院、コネチカット州立大学精神科等での臨床経験を経て、手稲渓仁会病院にて精神保健科部長として精神科医療に貢献している。また、北海道医療大学や岡山大学の非常勤講師を務め、国内外の学会・委員会活動にも積極的に参加するなど、臨床のみならず教育や研究にも力を注いでいる。

インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー

アルコール依存症可能性のある人は全国に約106万人

──先生はアルコールの問題について、臨床を含めてさまざまな取り組みをされていますが、具体的なご活動を教えてください。

白坂先生:私は専門がアルコール依存やゲーム依存など、依存に関することを幅広く診ています。そのなかで、依存症の課題として従前から指摘されているのは、潜在的な患者が非常に多くいるのではと想定されているにも関わらず、治療に臨まれている方が少ないという点です。これは依存症、特にアルコール依存症の問題に対する無理解があるのではないかと思い、臨床の他に啓発にも力を入れています。

アルコール関連問題と依存症
図表1:アルコール関連問題と依存症

実際にアルコール問題を見つける時には、AUDIT(オーディット:Alcohol Use Disorders Identification Test アルコール依存症スクリーニングテスト)という過去1年間の状況について、10の質問に答えるテストを行います。最高点は40点で一般的に8点以上だと飲み方にリスクがあり、15点以上で依存症の可能性があると評価されます。このデータを日本の人口1億2000万人に換算した面白いデータがあります。それによると、潜在的なアルコール依存症の患者数は109万人程度、ざっくりいうと100万人にのぼるという結果になりました。「100万人もいる」と言われて、野口先生はイメージがつきますか?

──中核都市1つ分といったところでしょうか。

白坂先生:素晴らしい例えですね。私はこれをどうしたら伝わりやすいか考えていまして、最近では名字で例えることにしています。全国で100万人近い人口を持つ名字だと「伊藤」さんです。伊藤さんは1クラスに1人はいてもおかしくないほどたくさんいらっしゃいますよね。それだけ潜在的なリスクを抱えた人が想定されるわけです。

日本におけるアルコール依存症
図表2:日本におけるアルコール依存症

しかし、実際に依存症の治療を行っている患者さんは4万人程度しかいません。ちなみに、苗字で例えると「相澤」さんと同じくらいの人数です。お知り合いで考えてみると比率が見えてくるのではないでしょうか。ちなみに日本の人口で考えると、100人に1人程度は罹るのに、そのうち治療をしている人は30分の1人だけとも言えます。

──かなり潜在リスクを抱えたままの方が多いという印象です。しかもこれは精神科のみでのお話ですよね?

白坂先生:アルコール起因で肝炎や膵炎などで入院している患者さんは21万人程度います。ここには、アルコール依存症の治療を受けている方は含んでいません。そして、外来通院して治療している方が120万人程度と予想されていますから、かなりの数がいるはずです。しかし、精神科で治療している患者さんはわずか4万人です。これをみると、お酒のせいで身体を悪くしても、ほとんどの方がお酒の飲み方の治療ではなくて一般科でのフォローに留まっていることがわかります。ここに対する啓発活動が、今最も求められていると言えるでしょう。

患者が変わった瞬間を見たことが、深い関わりに

──思ったよりも潜在的なリスクをお持ちの患者さんが多いのですね。このあたり、お伺いする前に、先生はなぜアルコールに関連する問題に取り組まれるようになったのかを教えて下さい。

白坂先生:特にアルコール依存に深く関わるようになったのは、医師によくある話ですが、最初に受け持った患者さんとの出会いが大きいと思います。

──どのような患者さんだったのですか?

白坂先生:私がまだ研修医に毛が生えたような頃に、依存症専門の病院にはじめてお伺いした際に出会った方なのですが、その大きな変化にとても感動したことをよく覚えています。
毎回外来に明らかに酔っ払っているのですが、「先生、私酔っ払ってないですー!」と飲酒を認めずに通院を継続していました。昔の依存症の医療は、お酒を止める気がない人は治療の適用はないという考え方でしたし、まだ私自身も依存症への理解が浅く、誤解を恐れずに言えば「アルコールを飲み続けてしまう、治療の意欲がない人だな」というイメージを当初は持っていたんです。ただ、ベテランの先生方や師長さんから「ここに来るだけでも意味がある。通ってくれていることを評価しなさい」と言われていたんですね。

──どのように治療を進められたのでしょうか?

白坂先生:かなり手間取りながらも、2週に1回程度定期的に診察して関係を作っていたのですが、ある日突然お酒を止めていました。なぜ急に止めたのか不思議で仕方なかったので、私が異動する前の最後の診察のとき「なぜ急に飲まなくなったの?」と聞いてみたんです。

すると、双子の弟さんのお葬式がキッカケだと話してくれたんです。実は弟さんは、小さい時に養子に出されて裕福に暮らしていたそうなんです。それに比べて自分は苦労してきたと思っていたそうなのですが、実は弟さんも依存症になっていて、再会したときには末期の状態だったそうです。そこから看取るところまでお世話したそうなのですが、「自分と同じ顔をした人間が、目の前で同じ依存症で死んでしまった。もしあの時、自分のほうが養子に出されていたらどうなっていたのだろう…」と思ったのだそうです。

その後、ご自身も酔っ払って救急車で運ばれて点滴をうけていたら、人生が走馬灯のように流れたそうです。人生の目標もなくお酒を飲んで迷惑をかけることを繰り返していたけど、一体今まで自分は何をしていたんだろうと思ったら、お酒を飲まなくても平気になったんだと教えてくれました。

──とても貴重なお話ですね。

白坂先生:私はその話にとても衝撃を受けました。特別なことをしたわけでなく、寄り添って良いことも悪いことも受け入れて関係を作ってきたことで、人は変わることがあるのだということを体験したわけです。その患者さんは10年選手でしたから、前の先生からずっと同じように寄り添って、受け入れて、関係を断ち切らずにつなぎ続けてきたからこそ、変わる時が来たのだと思います。依存症の方はダメな人だと言われがちですが、信じて、支えて、寄り添うことで変わる人もいることを実感できたんです。そこから依存症に深く関わるようになりましたね。

──人生が変わる瞬間を目の当たりにすると、こちらまで価値観が揺さぶられますよね。

白坂先生:なかなか人が変わる瞬間は見られませんから。まして依存症を持っている方はどうしても変わりにくいものです。そこを信じてあげることで変わる人はいるんだなと思えたので、忘れられないですね。

──お酒の問題って、本人の至らなさみたいなところを指摘されがちですが、それでも白坂先生を始め、先生方がずっと信じてきて、ある時こういった瞬間が訪れるわけですね。非常に驚きと感動があります。

白坂先生:私は、「お酒は絶対にダメ」とは思っていません。お酒にも良いところがあります。円滑なコミュニケーションや交友関係の活性化など、人類にとって必要なツールだと思います。自分の生き方などが嫌で逃げようとしてお酒を飲んでしまうと悪くなるんです。自分の選択肢として、楽しく、ポジティブに飲めているかというのをしっかりと見ていくことが大事になると思います。

インタビューの様子

──楽しいお酒と、そうじゃないお酒があると思いますが、逃避行動の一つとして使ってしまうと、悪い結果につながってしまうという結果になるわけですね。

お酒の奥にある、理由に気がつくことが大切

潜在的に100万人以上がいるとされるアルコール依存症ですが、その治療には精神科受診のハードルなどのため、適切な医療につながっていない実態が見えてきたのではないでしょうか。かつては患者が大切な人間関係や社会的地位の喪失といった「底つき体験」を経ることで、アルコール依存症の病識を持ち、断酒が可能になると考えられてきましたが、一方で、白坂先生のように根気強く患者に寄り添うことで、患者本人が自ら変わる瞬間が訪れることもあります。こうした可能性は、アルコール問題解決の糸口になるかもしれません。

後編は、依存症における2つの否認についてと、職場や家族など周囲の人間ができることについてお話を伺います。

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