専門家コラムM3PSP社外健康管理室保健指導

「治療には家族のケアも必要」名医が見たアルコール依存症の現場

2025.7.23

働く私たちにとって身近な健康課題を、産業医の野口裕輔医師が予防の観点から名医に聞く本連載、5回目は「アルコール依存症の現場最前線」です。アルコール依存症になった患者さんは、どのようなケアを受けるのか。またどのような公的、私的な援助があるのかをご存じの方は少ないと思います。今回は、国民健康保険町立小鹿野中央病院 総合診療科 内科医長の小澤秀浩先生に、どのような治療を行われているのか伺いました。

インタビュイー
小澤 秀浩(おざわ・ひでひろ)
国民健康保険町立小鹿野中央病院 総合診療科内科医長
杏林大学医学部卒業。練馬光が丘病院にて初期臨床研修、同院後期研修修了。〇〇年より小鹿野中央病院総合心療内科医長。著書に「総合診療ブラザーズの臨床栄養講座」(共著)。メンタルヘルスファーストエイドインストラクター研修修了。

インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー

「なぜアルコールに依存してしまうのか?」を知ることから始まる

──先生は日頃からアルコールの問題について取り組まれていますが、そもそも取り組むに至った背景やきっかけを教えていただいてもよろしいでしょうか。

小澤先生:そもそものきっかけは少々ネガティブなのですが、「なんでこの人たちは言ってもわからないんだろう?」という気持ちからですね。「やめようと思います」と言ってもすぐに飲んだり、何を伝えてもやめようとしない人もいたりしまして、その中で冒頭のような疑問が浮かび「やはり勉強しないとわからない」という結論になりました。ただ、学ぶうちに、そもそも外来に来てくれていただけでも素晴らしく、ありがたい話であるということもわかってきました。はじめは昭和大学附属烏山病院にいらっしゃる常岡俊昭先生に繋いでいただいて、勉強を始めたのが大きなスタートです。

──もともとはどの科で患者さんの診療をされていたんですか?

小澤先生:以前は総合診療科・内科です。急性膵炎の方は大勢いましたし、アルコール性肝硬変の方も多くいらっしゃっていました。それらの方々は診てもなかなか治りませんし、モチベーションもあまり上がっていないように見受けられて、前述のような思いに繋がった部分があると思います。

──総合診療の中でアルコールの問題がある患者さんが見受けられたので、なんとかできないかという想いから始められたということですね。そこから昭和大学で研鑽を積まれたということですが、どのようなことを学ばれたのでしょうか。

小澤先生:まずは外来で患者さんを見せてもらうところから始め、治療プログラムへの参加なども行っていました。アルコール依存に関しては、公的な機関にも学ばせていただきましたが、他にもSMARPP(スマープ:薬物・アルコール依存症克服のための基本プログラム)という依存症に対する対応プログラムに参加させていただいて、司会をやったり患者さんの対応をしたりと関わりながら学びました。またアルコホーリック・アノニマスという自助グループへの訪問や作業所で、現場の方とお話を伺うことで学びを深められたと思います。

SMARPPプログラム

──プログラム参加に加えて、自助会や作業所なども訪問されて学ばれていたんですね。

小澤先生:烏山病院の周辺には比較的多くの自助会がありまして、世田谷の周辺や永福町などの会にも参加しましたし、桜新町や目黒などの作業所にも伺いました。あとはダルクにも学びに行きました。ダルク自体は覚醒剤を止めるための回復支援施設なのですが、アルコール依存症で通っていらっしゃる方もいます。危険薬物と同様に自分だけでは生活できなくなってしまい、いろいろな人たちの支援を頼りながら生きていくために施設に入られる方が多いですね。

──そういったところで研鑽を積まれたわけですね。その中で、アルコール問題にコミットするきっかけになったポイントは何かあるのでしょうか。

小澤先生:分からないというところから手探りでスタートしたのですが、その中で、対照的な患者さんがいらっしゃることに気が付きました。「この先生にこう治療されると良くなるんだ」といって、どんどん元気になっていかれる方がいる一方で、絶望的な状況にいるにも関わらずニコニコしながら自助会で自分の体験をハツラツと語る人などもいらっしゃる。この違いは一体どこにあるのだろうかと興味を持ったのが、のめり込むきっかけだった気がします。言い方は難しいですが、良くなることができる人たちや、抑え込んであげられる事例を見ることができたことで「自分も同じようなことができるのではないか」と考え、それが目指すきっかけにもなったと思います。

──系統だった治療やサポートにつながることによって改善に向かうケースもありますね。今はアルコール問題に対して、どのような活動をされているのでしょうか。

小澤先生:今は職場が変わりまして、それに合わせてフェーズも変わっています。練馬光が丘病院に勤務していたときは、昭和大学の先生に病院へ来ていただいて面談していただく調整をしたり、患者さんと治療者とのマッチングの仲人のようなことを行ったりしていました。それに伴って転院調整などもしていましたね。

今は秩父の病院に来て、少し立場も変わってきています。まず、自分で外来を診るなかで、アルコール問題に関して頼れる先生がいないため、自分で抱えながら診ていくケースが増えています。健診センター長も拝命しましたので、新たに健康診断の段階からアルコールの問題にアプローチできないだろうかというのを探ってもいますね。

現在は最寄りの秩父からは遠いものの、昭和大学に何人か紹介できる人も出てきて、転院なども少しずつできるようになってきています。

──昭和大学とのコネクションをしっかり作っている段階なわけですね。

小澤先生:そこを前の病院から継続できたというのは良かった点ですね。距離的にはかなり遠くなってしまって、1~2時間はかかるのですが、なんとか患者さんのご家族も連れて行くことができる距離にはあるかなと思います。

──現状では大学で診てもらった方が良い患者さんを送られていると思うのですが、そもそもアルコールの問題に対応できる病院が少ないという印象です。

小澤先生:おっしゃるとおり、受け入れてくれる病院は少ないと感じています。やはり精神科の分野ですし、そのなかでもアルコール問題は特殊な分野でもあるということを感じています。精神科の中でも本流ではないという感じでしょうか。転院も埼玉県内だとなかなか対応していただける病院が少なく、あっても同じくらい遠いというケースが目立ちます。そのため、昭和大学だけでなく、埼玉県立精神医療センターとの連携も進めていきたいです。

──連携が取れる病院があると、患者さんにとっても有益ですね。

深刻になる前に、健康診断や企業からのアプローチが必要

──現在は外来に加えて、アルコール治療プログラムを受け持たれているのですか。

小澤先生:そこまでできたら良いのですが、まだできていないのが現状です。現在は総合診療の場をメインにアルコール問題に取り組んでいます。

──そうなるとアルコールの患者さんばかりが来るわけではありませんよね。実際は健診に深く関わられているのでしょうか。

小澤先生:健診にもアルコール依存を防ぐ仕組みができないかは考えています。例えば、AUDIT (オーディット:Alcohol Use Disorders Identification Test)を健診の中に入れて、そこでリスクが高い方を引っ掛けられるようにできないかと考えています。現状では問診上で、週に何回、どれくらい飲んでいるのかを聞く程度にとどまってしまっているので、これでもう少し詳しくわかるようになるのではと期待しています。その後のアクションに繋がるようにするためにも、もう少し実態を把握したいというのが本音です。

──その後の保健指導まで健診センターでサポートするような仕組みをお考えなのでしょうか。

小澤先生:本来は、その後の保健指導でサポートするところまでやりたいのですが、そこまで現状では手が足りていないので、ご自身で対処していただく仕組みを作ろうと検討しています。例えばAUDITのスコアに応じた2次元コードをつけて、そこから自助会や患者団体からのメッセージやアドバイスが表示できるようにできないかと考えています。「自分たちは同じ立場のときにどういったことで困ってどう対処したのか」といった、患者さんが直面しやすい困った体験、抜け出られた体験、改善体験などをコンテンツとして提供したら前向きに捉えやすくなるのではないかと思っています。

──健診結果返却時に次のアクションに繋がるような情報を提供するようなイメージですね。得てして問診の内容は健診結果には反映されにくく、ネクストアクションに繋がりにくい部分はあると思いますので、そこが少しでも繋がるようになると良いですね。

小澤先生:企業に対してもう少しアプローチできないかとも思っています。私は企業の研修などを請け負うことがあるのですが、そういったものの発展形としてなにかできないか考えています。やはりアルコール依存症の方は会社に知られたくない、上司に知られたら大変、といったように恥を避ける傾向があります。これは日本の恥の文化の一端なのかなと感じているのですが、このあたりの感覚や状況は一般の方が知り得ない、思いも寄らない部分ではないでしょうか。こういった患者さん特有の感覚を少しでも理解してもらえれば、よりうまく治療にまで持っていきやすいのかなと思っています。

──アルコールをどれくらい飲んでいるのかというのはセンシティブな部分だと思いますので、企業への啓蒙を通して、そこをフラットに語れるようになることは重要になってきますね。

小澤先生:AUDITの導入も研修も、どちらも「やればできる」ことではあるのですが、なかなか難しいこともわかっていますので、これから形にしていきたいところです。実は今、健診の患者さんの通信欄は私が手書きで一人ひとり書いています。その内容を、AUDITをとることでより踏み込んだ内容にできたら良いなと思っているんです。現在は、企業健診に加えて、人間ドックや生活習慣の健診でして、平均して1日8人分程度は書いています。健診の種類によってはお酒の量について問診内容がなかったりするのもあるのですが、書けるものはすべて書いています。

「家族の方が先に『底付き』するという」発見

──予防の観点で素晴らしい取り組みですね。そこで2次予防的に早期発見して行動改善につなげていくのは、普通に暮らしているとなかなかできないことだと思います。そういった中で、印象的なケースとかはなにかありましたか。

小澤先生:私よりも2つほど年下の患者さんで、転院もしてくれるという話もしていた方がいたのですが、アルコールの肝不全で亡くなられてしまって、それが今でも印象に残っています。プログラムにも招いて、烏山病院の先生との面談にも積極的に参加してくれるところまでできていたのですが、非代償性の肝不全まで進んでいたので、いくらお酒をやめたとしても全身の状態が悪くなっていってしまいました。

もう一つ、良くなった例で印象的な話をすると、東京の墨田区からわざわざ練馬まで来てくれたアルコール依存症の患者さんですね。もともと救急で墨田区の病院に運ばれたのですが満床で、あらゆる病院に転院搬送を断られて最後にたどり着いたのが練馬光が丘病院だったという御縁でした。ご家族の方もいらっしゃっていたのですが、皆さんもう絶望しているような状況だったんです。

たまたま私が担当になり、アルコールが原因だとわかっていたので、そのまま治療を行うことになりました。本人もそこで頑張ってくれたのもあってみるみる良くなり、ご家族がとても喜んでくれたのが印象的でした。そこで学んだのは、昔から治療には本人の『底付き』が大事だといいますが、実は家族の方が先に『底付き』するということです。限界まで来ていたご家族が、治療を通して肩の荷が下りたというか、それによって助けられたのが凄く嬉しかったですね。患者さんはある日、家に居候として帰ってきて、引きこもってお酒ばかり飲んでいたそうです。周りにもたくさんの迷惑をかけていて、ご家族としては「この苦しみが一生続くのか」と思っていた状況が、パッと解決したことに驚いたようです。

──その方の治療自体はうまく進んだのですか。

小澤先生:現在進行形で治療は続いています。自分が勉強してきた烏山病院にお願いしてきましたので、何年かかるかはわかりませんが、良い方向に向かうと思っています。

──よく聞くのは、一直線に良くなっていくというよりは、治療の過程で繰り返してしまったりしながら良くなっていくということです。だからこそ長い目で気長に付き合う姿勢が大事になってくるんですね。

小澤先生:そこは試されていると思います。いきなり言われたことをちゃんと守れていたら依存症にはなっていません。本人もそれだけ辛いものがあったからこそそうなっているのだと思いますし、飲まないとやっていられなかったという原因を掘り返さないと治らないのだと感じています。結局、無理やりお酒を取り上げても、他のものに頼ってしまうだけですから。

──お酒自体をやめさせるというのはもちろん治療上大事ですが、それだけで本人の問題そのものや背景にある問題までは解決しないということですね。

小澤先生:そういった解決しなかった例を烏山病院で経験できたことは大きいと思います。治療中にエナジードリンクでカフェイン依存になる人もいれば、ギャンブルや覚醒剤に手を出す人もいたりと、別のものに依存する輪に入ってしまいがちです。その輪から抜けてもまたアルコールに戻ってきてしまったりするのを見ると、一筋縄ではいかないことが身に沁みてわかります。

──本人の抱える根本的な問題にアプローチしないといけないと思うのですが、そのような具体例を教えてもらってもいいでしょうか。

小澤先生:昔からよく聞くお話かもしれませんが、やはり目立つのは親がアルコール依存症で、幼少期に大事にされなかったというような小児の逆境体験をお持ちのケースがあります。親も多分辛いことがあったのだと思うのですが、そのときに浴びせられた言葉というのが、小骨のようにずっと刺さり続けているという方もいらっしゃいます。

──その方の過去や生き方が積み重なって今の行動につながっているわけですね。それに関連して、アルコールの問題について先程もあった『底付き』体験をしないと駄目なんだということはよく言われてきました。一方、先生のような背景を理解しながら伴走していくスタイルから見ると、このあたりのスタンスは変わってきているのではという印象を受けます。

小澤先生:流れとしては変わってきていると思いますが、一般医療者とアルコールに関わっている医療者との間には大きな断絶があると感じています。私も一般診療をしていたときには『底付き』で習っていて、現在のようなスタイルを学べていませんでした。そういった形で、一般医療側に『底付き』体験をさせることが重要であるという考え方が残ってしまっているというのが正確でしょう。自分達が知らないなりに治療のためにやってきたことが、間違っていたというのもショックですよね。これは患者さんやその周囲の方にも残っている考え方でもあります。そういった事もあって、患者さんはもちろん、ご家族の方にも対応の仕方として医師指導させてもらうようにはしています。

──我々の医療もアップデートしていくことが大事ですね。

小澤先生:つい数年前まで普通に『底付き』について教わっていたわけですが、10年足らずでかなり変わってきていますからね。だからこそ、日々の学びや勉強が大事だと感じています。

患者本人だけでなく家族も含むトータルケアが治療を進める

多くの人にとって精神科、アルコール依存症の治療というのは遠い世界の話と感じられるかもしれません。また、依存症の方の多くは複雑な背景があるにも関わらず、依存症に陥るのは単に自己責任であるという誤解がまだまだ広がっているのも事実です。小澤先生が語られる現場のお話には、その誤解を自ら解きながら進んできた決意が感じられます。後半では、より身近に我々が知っておくべきことや、企業として取り組むためのヒントについてお話を伺います。

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