二十歳になる前の教育がアルコール問題解決の鍵「産業保健側からの指摘も望まれる」

産業医の野口裕輔医師が、予防の観点から名医に聞く本連載、4回目は日頃から気をつけたいアルコールとの付き合い方を伺います。日本では、お酒を飲む家族の姿を見て付き合い方を学ぶケースが多いのが現実です。また、本人だけでなく、外部からのわかりやすい働きかけも大切です。よつば加納クリニックの長友恭平院長に、アルコール教育の重要性や産業保健との関わりについて伺いました。
インタビュイー
長友 恭平(ながとも きょうへい)
よつば加納クリニック院長
精神保健指定医、麻酔科標榜医、産業医
宮崎市出身。宮崎大学医学部医学科卒業後、初期臨床研修を経て古賀総合病院精神科に着任。同院で内科疾患に伴う精神症状や癌終末期の精神ケアなどを学び、より専門的な精神科治療を学ぶため精神科救急病院である若草病院へ。同院で修正型電気痙攣療法やアルコール依存症専門治療プログラムの立ち上げに関わる。受診の心理的ハードルが低いクリニックでもアルコール依存症治療が受けられるようにしたいと考え令和4年によつば加納クリニックを開院。
インタビュアー
野口 裕輔(のぐち・ゆうすけ)
エムスリー株式会社
医師・産業医・労働衛生コンサルタント
産業衛生専門医・健康経営エキスパートアドバイザー
お酒との付き合い方や限度は、飲む前に教えるべき
──お酒を飲むということは社会的にありふれた行為だと思うのですが、その付き合い方まで教えてもらうことはほとんどありません。読者の皆さんがどのようにお酒と付き合っていくべきなのかを教えてください。
長友先生:個人がお酒と上手に付き合うためには、前段階としてアルコールそのものの知識をしっかりと身につける必要があると感じています。ですが、アルコールに関してはその意識がとても薄いとも感じています。例えば覚醒剤のような薬物であれば、高校生ぐらいの時に「覚醒剤ダメ、絶対」のような標語を見たり聞いたりした記憶があるのではないでしょうか。私もこの頃に覚醒剤の危険性みたいなものを習ったと思います。学校の集会や道徳などの授業で、覚醒剤を使ったらこんな風になってしまうだとか、常習性が高いためにやめられなくなってしまうといった啓蒙活動が盛んに行われていると思うんです。他にもシンナーなどの有害薬物の教育は受けた記憶はあるのですが、アルコールに関してはそのような教育を受けた記憶がありません。
──確かにそのような教育を受けたことはない気がします。
長友先生:そうなんです。中高生の頃に、お酒はどの程度なら影響が出にくいとか、どの程度飲むと危険になってしまうのかという話を大人から聞いた覚えが、私にはないんです。自分の周りにいる人に聞いても知らないと答える人が圧倒的に多い。特に宮崎県はアルコール好きが多い県で、皆さん焼酎をよく飲むんですよ。晩酌といえば普通に毎晩1〜2合をお父さんが飲んでいるのを見て育ってきた、という人たちが多くなります。自分の親が当たり前にやっていたことは、子どもも当たり前だと思ってしまいがちですが、毎日2合というのは実際にはハイリスクな飲酒量であるケースがほとんどです。ですが、それを日常で見てきた方々は、「父や祖父も同じくらい飲んでいても依存症にならなかった」と思っているわけですから、正しい飲み方と言われても、自分の身内の行動に照らし合わせて考えてしまいます。
だから最初は、どの程度飲んでしまうと危険なのかということを知識として持ってもらうことが大事だと思っています。スタート地点はそこですね。2024年に厚生労働省が純エタノール換算で40gを超えないような飲酒にしましょうというのを発表しました。これに対してテレビ番組などが、世の人の反応として街頭インタビューなどで聞いていましたが、皆さんすごく少なく感じるとおっしゃっていました。まさに、この感覚を身につけてもらうのが大事だと思っています。40gというのを意識した時に、実際のお酒ではどれくらいの量になるのかを知っていることが大事です。例えば焼酎なら1.5合くらい。知っていればここでブレーキがかかりますが、知らなければ超えて飲んでしまう方はたくさんいらっしゃると思います。このあたりが知ることの大事さだと思います。20gを超えたら高血圧や高尿酸血症のリスクが高まりますよとか、60gを超えて毎日飲んでいると依存症のリスクや発がん率が大幅に高まりますよ、といった情報に常に触れられる環境を作っていくべきだと思います。
ちょっと回答とはズレますが、私としては少なくとも純エタノール換算で40gを超えるような飲酒はしない方がいいと思いますし、もちろんこの量での毎日の飲酒は避けるべきだと思っています。1週間換算で280gになってしまいますから。逆に、週1回の飲酒に抑えられれば、飲む量はそこまで気にしなくても大概は大丈夫じゃないかと思っています。
──アルコールのリスクを知ることで、適量を知って、その範囲で楽しめるようになるということが大切なわけですね。先ほどおっしゃられた「純エタノール換算で40g」で、実際にはどれくらいのお酒が飲めるのかというのは、パッと思いつく方はまだ少ないと思います。
長友先生:インターネットなどで公開しているだけだと、興味のない方は見ることがないままになります。やはり中学校や高校の廊下などに、たくさんポスターを貼っておけば、嫌でも目につくようになるのではないでしょうか。お酒に接する前の段階で目に触れさせておくというのが大事だと思います。
──やはり飲んでから知ることが多いのが現状ですね。
長友先生:まだまだそういう文化が残っていると思います。特に若い世代の飲み会などでは、飲む、飲ませる、飲ませて潰す、みたいなことが今も行われているように思います。野口先生が前の質問でおっしゃっていましたが、依存症になる前の段階でしっかりと対策をしないと駄目だという考えに同意です。アルコール依存症になった後の人を治療しようと思うと、お金も、時間も、人の力もすごく大量にかかってしまいます。
だからこそ若い世代へアルコールの教育をすることが、結局はアルコール依存症を減らすことに繋がると思います。可能であれば、タバコの箱のようにビールやカクテルの缶の表面に「どれくらいアルコールが含まれているのか」や適量を印刷してもらいたいくらいです。タバコのパッケージに肺がんのリスクについて大きく書けるならば、お酒にも「飲酒を続けると依存症のリスクがあります」や「健康を害する可能性があります」とか「1回の飲酒での適量はこれくらいです」というのを印刷してもらうのが分かりやすいと思います。ただ、アルコールの企業からしたら売上に関わってしまうことなので、容易には手を出しづらい部分だというのもわかっています。
──おっしゃる通りだと思います。例えば缶や瓶の表面に「このお酒は純アルコール量換算で何グラム入っています。一日に男性は40グラム、女性は20グラム以上摂取すると生活習慣病のリスクが上がります」などと書かれていたら、と思います※。
※純エタノール量を缶体表記している国内ビールメーカーもあります
長友先生:アルコール飲料を作っているいろいろな企業の思いがあるのだと思いますが、健康を保ちながらアルコールと付き合っていくという考えのもとで、各社がいろいろな取り組みをやってくれることを期待したいですね。個人が気をつけていくことも大事だと思うのですが、教育であったりとか、あとは飲酒カルチャーみたいなところであったりとか、そういった環境的な要因が飲酒の問題に大きな影響を及ぼしている気がしています。ですから、そこに対する取り組みがどんどん進んでいくと、結果としてアルコール問題も良い方向へと向かっていくのではと思っています。
──アルコール問題に対する教育が進むことがベストですね。
長友先生:本当に教育が一番大事だと思います。 例えば世の中にお菓子屋さんやケーキ屋さんはたくさんありますが、「ケーキ屋さんがたくさんあるから糖尿病が増えているんだ」という論調はないと思います。なので、世の中ではお酒を売っていますけれど、お酒を買う側が知識を持っていれば、売っていても別に健康を害さない程度に飲むことを習慣づけることはできると思います。もちろん依存性のある薬物と依存性がない食べ物との違いはあるとは思いますが、ケーキだって食べ過ぎれば糖尿病にはなりますし、肥満にもなります。ですが、「毎日ショートケーキを1個ずつ食べましょう」という人はいないのに、お酒の場合は「毎日ストロングチューハイを1本ずつ飲みましょう」という人は世の中にたくさん存在しているわけです。ケーキは毎日食べたら健康に悪いけれども、ストロングチューハイは1本ぐらいだったら大丈夫だろうというように、大きな認識の差が生まれていることが問題だと思っています。この認識の差が埋まっていけば、アルコールが世の中にあっても、健康的な飲み方ができる人が増えると思っています。
職場での働きかけも今後の課題
──ありがとうございます。飲酒を始める年齢になっていない学校教育の現場で教育的なアプローチを行うのは一つのアイデアだと思います。また、働いてる人に対しても重要ですね。
長友先生:働く方々に対しての文脈だと、企業ではストレスチェックを必ず実施していると思いますが、そのストレスチェックの中に飲酒量チェックを入れるのが良いのではと思っています。そうすれば産業医の先生との面談時に合わせて指導することができそうですよね。
──定期的に確認できるスキームがあるといいですね。健診ごとに飲酒量のスクリーニングをしているような企業もありますが、スクリーニング後に適切にフォローすることも必要になります。
長友先生:健診の問診票に「毎日結構飲んでいます」と書いてる人もいますが、それをキッカケに医師や保健師から保健指導を受けたかというと、そういう体験をしている方は少ないと思います。問診結果に加えて、何かしら肝機能障害や脂質異常症といったアルコールに関連する検査異常が出ていると、有所見での医療精密などに引っかかって、「病院に行ってください」と言われるだろうと思いますが、飲酒量の項目だけに良くないことが書かれていても、それを理由に保健指導までされることは稀ですよね。
──産業医をやっている立場としても、保健指導の充実は重要だと思います。アルコールに着目して、きちんと対処していくことができると一歩進みそうな気がしています。
長友先生:そこでもしっかりとアルコールに対する教育であったりとか、早期の対応ができれば、うまくいきそうですよね。
いろいろと話してきましたが、私はお酒好きな人です。「先生は酒を飲まない人なのか」と患者さんから聞かれることがあるのですが、普通にお酒が好きですし、それなりに飲める体質ですが、安全な飲み方はしています。アルコール依存の患者さんで飲食店経営をされている方もかなりいらっしゃるので、本当にこの人はもう大丈夫そうだなと判断できた方だと、患者さんのお店に飲みに行ったりもしています。それは私からの“信頼の証し”的な意味合いも兼ねているんです。医者と患者という関係性だけでなく、お店の店主とお客さんという関係もある“二重関係”っていうんですが、本当は医者と患者という関係を崩さず、プライベートでのお付き合いはしない方がいいという考え方も、もちろんあります。特に一般の患者さんとはプライベートな付き合いを基本的にしませんが、依存症の患者さんに関しては、監視に行くというか、店で飲まずに過ごせているのかや、お客さんとどういう関わり方をしているのかを見にいく感覚で関係性を持っています。あとは、本当は断酒している人の前で飲酒をするのはよくないことだとは思うのですが、飲食店経営をしている方の場合は、普段からお酒を飲んでる人の前で飲まずに過ごしてる人たちなので、断酒できていることを信じているよ、という気持ちもあります。
──非常に興味深いですね。信頼の証というか、飲酒のトリガー(飲酒欲求を高める刺激)が多い環境でもアルコールに対処できるようになるという先生からのメッセージを感じますね。
長友先生:これが良いか悪いかはわからないんですが、今までそういう関係になった患者さんが再飲酒したことはないですね。皆さん断酒を継続されています。
──先生と患者さんとの信頼関係の深さの成せる技なのかなと思います。治療者と患者である以上に、人と人としての繋がりを大切にされているということが伝わってきました。本日はありがとうございました。
専門家コラムシリーズ
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