治療と仕事の両立支援、もう準備できていますか?2026年4月施行に向けた「治療と仕事の両立支援指針作成検討会」を解説

「従業員の3人に1人が何らかの病気を抱えながら働いている」という現実は、もはや他人事ではありません。日本の労働現場が直面する喫緊の課題です。かつては「個人の問題」とされがちだった病気の治療と仕事の両立は、今や企業の持続的成長を左右する重要な「経営課題」へと変化しています。
その決定的な転換点となるのが、2026年4月1日に施行される改正労働施策総合推進法です。この法改正により、企業には従業員の「治療と仕事の両立支援」が努力義務として課せられることになります。この努力義務を達成するための法的根拠を持つ「指針」を策定すべく、2025年8月22日、厚生労働省にて「第1回治療と仕事の両立支援指針作成検討会」が開催されました。本記事では、この検討会で話し合われた内容、法改正の背景、そして企業が今すぐ始めるべき準備について、分かりやすく解説します。
なぜ今、治療と仕事の両立支援が「努力義務」になるのか?—背景にある2つの現実
両立支援の重要性は以前から認識されてきましたが、中小企業をはじめ、日本の多くの企業ではその推進が十分に進んでいませんでした。今回の法改正は、この現状を打破し、より働きやすい環境を整備するために行われるものです。その背景には、日本の社会と企業が直面する、避けては通れない2つの現実があります。
①労働人口の変化による「疾病とともに働く時代」の到来
労働人口の高齢化が進む中、経験豊富なシニア層の活躍は企業にとって不可欠な要素となっています。同時に、医療技術の進歩により、がんですら長期的に付き合う「慢性疾患」へと認識が変化しつつあります。その結果、治療を続けながらも高い就労意欲と能力を持つ従業員が急増しています。彼らが安心して働き続けられる環境を整備することは、社会全体の喫緊の課題です。
②疾病など治療起因の離職率10%という数字
継続治療が必要になった人のうち、不妊治療では10.9%、がんなどの病気では4人に1人が最終的に離職を選択しているという結果が出ています。その理由は「治療への専念」だけでなく、「会社に迷惑をかけると思った」「仕事を続ける自信がなくなった」といった、心理的な負担や職場のサポート不足が大きな要因として挙げられます。企業側も「治療の見通しが分からず判断が難しい」といった課題を抱えており、従業員と企業の双方にとって大きな損失が生じています。
これら2つの状況を踏まえ、2016年に厚生労働省は「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」を策定しました。今回の検討会では、このガイドラインをより法的根拠を持つ「指針」へと格上げする方針です。これにより、努力義務化された両立支援の取り組みが適切に行われるための根拠が定められ、一層の企業による両立支援の推進が図られます。
新旧で変わる両立支援フレームワーク
| 2016年フレームワーク(旧) | 2026年フレームワーク(新) | |
|---|---|---|
| 法的根拠 | 働き方改革実行計画 (旧)労働施策総合推進法 | 改正労働施策総合推進法 |
| 事業主の義務 | 法的義務なし(推奨) | 「努力義務」 |
| 主たる目的 | 自主的な取り組みの促進 | 「適切かつ有効な」措置を測る |
「治療と仕事の両立支援指針」で何が変わる? 検討会で話し合われたこと
ガイドラインを基本的に踏襲した内容である指針ですが、具体的にどのような内容が盛り込まれたのでしょうか。主に3つのテーマに関して議論されました。それぞれ見ていきましょう。
産業医・主治医連携強化で、企業は何をすべきか?
両立支援の現場では、①最終責任を負う事業者、②病状を最も熟知する主治医、③両者を繋ぐ産業医という三者の連携が不可欠ですが、現状では構造的なジレンマを抱えています。
- 事業者:法的責任は負うが、医学的知識はない。
- 主治医:医学的知識はあるが、職場の業務内容は知らない。
- 産業医:両者の橋渡し役だが、最終決定権は事業者にある。
結果として、企業は「何が正しいかわからない」「判断できない」と感じる状況に陥っていました。新たな指針では、この三者間の情報共有を円滑にするための標準化された書式やコミュニケーション手順の導入が議論されています。客観的な情報に基づき、企業が合理的な判断を下せるプロセスを構築することを目指しています。ただし、委員からは主治医と産業医の役割の違いをどう整理するかについて言及があったほか、産業医がいない事業場への対応方法など、未だ課題が残されていることが明らかになりました。
従業員が安心して相談できる社内体制の構築へ
もうひとつ、議論のポイントとなったのは、職場復帰に向け、従業員が安心して相談できる体制をどう構築するかという点です。効果的な両立支援は、労働者の病状や治療計画といった機微な個人情報の共有を前提としており、その取り扱いには細心の注意が求められます。そのため、新たな指針には、労働者が安心して情報を開示できるための明確なルール作りが不可欠であり、その基準づくりが議論されました。
治ることを前提にしないルール作りの重要性
さらに、委員からは「もとの状態に戻る」ことを前提としている点に違和感を感じる声も寄せられました。現在、元の状態に戻ることが困難な状況でも働き続ける人は増えているため、彼らをどう支えるべきかについても明記すべきだという議論も出ています。また、そもそも労働契約法など他の法律との整合性が必要ではないかといった意見や、雇用継続を事業者にどこまで求めるかについても、今後の議論の対象とされています。
企業責任の新たなスタンダードへ 「両立支援」は加速する
第1回検討会は、日本の働き方が新たな時代へと移行する合図と言えるでしょう。今後、非正規雇用労働者への適用や、リソースが限られる中小企業への配慮など、さらに具体的な議論が進められていきます。この変化を、単なるコスト増やコンプライアンス対応と捉えるのか。それとも、多様な従業員が活躍でき、より強靭で魅力的な組織文化を構築する健康経営への好機と捉えるのか。その選択が、これからの企業の未来を大きく左右するでしょう。治療と仕事の両立支援は、もはや福利厚生のオプションではありません。それは、これからの日本企業にとって、持続可能性をかけた経営の核心そのものとなるでしょう。
健康経営/産業保健コラムシリーズ
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