【千の提言 #13】深いインサイト分析から自社の施策を企画、中外製薬の「自分ごと化」健康経営

医薬品業界の雄として「健康経営銘柄」を3年連続で獲得している中外製薬株式会社が健康経営を進める中でこだわっているのが社員の「自分ごと化」です。どうしたら自ら健康に意識を向けられるようになるのか、その秘訣は細かい調査と深いインサイト分析にありました。「World Cancer Day in Chugai」の興奮冷めやらぬ現場で、人事部エンプロイーサポートグループマネジャーである山本秀一さんに伺いました。
中外製薬株式会社
中外製薬は、1925年に創業した、独自の技術とサイエンスを強みとする研究開発型の製薬企業です。がん領域を中心に革新的な医療用医薬品を創出し、抗体エンジニアリング技術とロシュ社との戦略的提携を強みとし、個別化医療やDX推進を通じて、未だ満たされない医療ニーズ(アンメットメディカルニーズ)に応えることを目指しています。
健康経営優良法人 受賞・認定歴
2021年:健康経営優良法人ホワイト500認定
2022年:健康経営優良法人ホワイト500認定
2023年:健康経営優良法人ホワイト500認定
2024年:健康経営銘柄選定・健康経営優良法人ホワイト500認定
2025年:健康経営銘柄選定・健康経営優良法人ホワイト500認定
2026年:健康経営銘柄選定・健康経営優良法人ホワイト500認定

山本 秀一(やまもと・しゅういち)
人事部エンプロイーサポートグループ グループマネジャー
強制はNG。自分の意思で健康に向き合うことが大事
──前回(前編)のお話からも、「自分ごと化」がキーワードだということが見えてきました。さまざまな施策を取られてきたかと思うのですが、健康経営の「経営」の部分、生産性などに関して効果を感じたものがあれば教えてください。
山本様:効果の大きいもので言うと、メンタルヘルス施策になります。臨床心理士や公認心理師といった心理職のメンバーに、産業医をはじめとした健康支援チームの一員になってもらいまして、社員に対する心理職相談やストレスチェックの組織介入をお願いしています。本来、心理職は個別事案で社員と接していますが、組織への対応を加えたことで重層的なサポートが可能となりました。
──個人と組織、両面を対応するからこそ見える部分や言える部分が増えているといった感じでしょうか。
山本様:その通りです。両面から対応いただいているからこそ、メンタルヘルスで施策の新たな企画立案の際、パートナーとして実際の相談や介入事例をもとに助言をいただいたりするなど、相乗効果を発揮できる体制を構築できています。
さらに、一昨年からは健康支援アプリを導入しています。これも弊社の方針なのですが、強制ではなく、社員に使ってもらうための魅力の発信に注力しています。アプリは強制的に入れてもらうことも可能なのですが、それでは受け身のスタンスが定着してしまいます。あくまで任意の登録制にし、代わりに登録したくなるようなイベントや活用方法の提案を用意しています。例えば、ウォーキングのチーム対抗戦については、人事部からの発信に加えて、各事業所の看護職や衛生管理者から声がけしてもらいながら開催しています。併せて、ロールモデルとなる職場やチームを紹介して、取り組みの参考にしてもらっています。そのおかげか、現在は社員の7割程度が自ら登録済みです。これだけ集まってくると、職場でも自然に盛り上がってくるようになり、イベントへ自発的に参加する率も高まります。なにより、健康をより意識してもらえるような風土作りにも活きてきています。
──なるほど。少し話が変わりますが喫煙対策についてホームページを拝見したのですが、段階的に実施されていたのが印象的でした。こちらも、中外製薬さま独自の考えが反映されているのでしょうか。
山本様:これは会社が社員に提示したロードマップに基づいた禁煙施策になります。2019年に禁煙宣言を行い、2020年に事業所内禁煙、2021年に就業時間内禁煙をする、というものでした。もちろん、これまでも個別対策としてインセンティブをつけたり、禁煙外来の費用補助を行ったりもしていましたが、あまり効果的ではなかったと聞いています。そこで、会社として宣言する形を取ったのです。具体的なロードマップを描き、スケジュールに則った取り組みを進めることで、「会社が動くなら、その動きに乗ってみよう」という気持ちになってもらえることが大事だと思います。
社員発案だからこそのオリジナリティに溢れた「がん対策」
──先ほど拝見した「World Cancer Day」や、今のお話でも感じたのですが、社員の皆さんから「自分たちがやっているから一緒にやりませんか?」といった声かけが多い気がします。「自分ごと化」に止まらず、巻き込みまでしようという動きは中外製薬さま独自のものなのでしょうか。
山本様:健康に限らず、学ぶ機会の提供、自発的な取り組みを多く推奨しています。実はご覧いただいた「World Cancer Day」も社員発案で企画されたイベントです。皆さん業務として与えられたわけではなく、主体性をもって自ら手を挙げて事務局として集まっています。
──こういった組織の枠を超えて物事に取り組まれるのは素晴らしいですね。内容も、乳がん専門医からの講話がある一方、フラなどのイベントもあったりと非常に充実していたのも印象的でした。こういった企画の全てを、社内の人材で行われているのでしょうか。
山本様:基本的には事務局がテーマ募集を行い、希望する社員が自ら手を挙げて参画しています。事務局から「社員向けにがんに罹患した場合でも働き続けることができる制度紹介を人事部から皆さんに話してもらえないか」と打診されることもありますが、ほとんどの企画は社員が自ら発案して、実現しています。今回の私たちの発表も、精密検査の重要性を社員に知ってもらいたいという思いから、手挙げしました。

──少し話が変わりますが、健康経営を進める中で、多くの企業が悩むのが経営層の巻き込みだと思います。自分たちはこうしたいが、結局予算が下りない…といった話もあるとは思うのですが、中外製薬さまはこういった点であまり悩まれたことはないのでしょうか。
山本様:日頃から経営トップよりイノベーションの源泉は「やっぱり、ひと」と社内外に向けてメッセージを発信しており、健康経営は会社のマテリアリティ(重要課題)となっているため、取り組みの重要性は理解されていると認識しています。とは言え、新たな施策を企画立案する際は、目的の明確化や費用対効果等、実施する意味を問われることはあります。私たちも社員の心身の健康に寄与できているか否かを考えながら、既存の枠組みを見直しながら、必要に応じてスクラップアンドビルドしていく意識を高く持つようにしています。
──やはり経営層の理解が大事ですね。では逆に、積極的でない社員の巻き込み方、いわゆる“無関心層”にどう相対していくのか。ここにおいては中外製薬さまでは「自分ごと化」が鍵になるかと思うのですが、そういった文化がない会社の場合、どうしたら「自分ごと化」をしやすくできるのでしょうか。
山本様:まずは現状と本質的な問題を知ることだと思います。以前、がん検査で要精密検査と判定されたにもかかわらず未受診でいる社員の実態をつかめなかったことから、社内アンケートを実施しました。これにより、未受診者の割合や受診をためらう背景をつかむことができ、解決策を導き出すことができました。アンケートばかりしているのも良くありませんが、本質的な問題を解決するためには、ターゲットを絞り、何をしたいのか目的を決めて、現状を把握することは重要です。それを知った上で、どこに本当の課題があるのかを抽出し、解決策を実行していく、というプロセスが大事かもしれません。弊社の場合、そこが「自分ごと化」だったというわけです。
ここが明確になっていないと、実施する目的や意味が薄れてしまい、周囲の支持を得られない施策に陥ってしまいます。健康が大事なことはわかりつつも、その健康が経営戦略につながっているのか、さらに健康のどの部分から手をつけていくのがいいのか、そこを明確化することで、社員の理解や経営層の支持も得られるのではないでしょうか。
がん対策は社員の命を救い、守ることに直結する施策
──がんの予防策としての精密検査受診率について、しっかり重点的に取り組んでいる企業は日本ではまだまだ少ない印象です。そういった企業に向けて、ぜひアドバイスをいただけますか?
山本様:がん予防・対策の一番のカギは、早期発見・早期治療です。がんの発症後5年生存率、10年生存率などを見ると、ステージⅠで見つかるかステージⅣで見つかるかで圧倒的に数字が変わってきます。やはり社員を救いたい、守りたいと言う気持ちがあるならば、早めに治療に結びつけていくことが大事です。社員の理解・納得が必要になるため、手間はかかりますが、それでも命を救えることだと考えると、そのコストは大きなものではありません。
──この取り組みによって、変化を感じられていますか。
山本様:開始して3年ですので、まだ明らかな変化があるとは言えませんが、健保データからは、がんに関連した件数が増えている一方で保険給付が低下している傾向にあることから、変化の兆しが見えてくるようになってきました。正確な理由はまだ把握できませんが、この取り組みによって実際に早期発見や早期治療につながっているのであれば、取り組んでいて良かったなと思います。
──なるほど。ちなみに今年の目標が受診率84%と置かれていて、ここからさらに上がっていくであろうと思うのですが、新たに考えていることなどはあるのでしょうか。
山本様:このがんの精密検査受診率の部分に関しては、まさに御社とタッグを組んでやっているので、M3PSPさんと共に更なる改善策を考えながら継続して取り組みたいと考えています。一例ですが、今年の「World Cancer Day in Chugai」にはエムスリー側からもペイシェントサポーターの松原さんが登壇され、がんの話をしていただきました。これによって、実際に接してくれる方の顔が見え、「もしもの時にはあの人に相談できるんだ」ということがわかることで、安心感につながると思っています。
さらに、今まではエムスリーの看護師さんから検査結果について報告されていましたが、昨年からは、最後の一押しとして私たち社内の健康支援メンバーが直接対象者に連絡をする方法に変更しました。
松原(エムスリー):補足ですが、昨年までは私たちの方から対象者にメールをお送りしていましたが、今年は人事部から最初のご連絡も入れていただいています。やはり、社内の方から連絡が来るのと、社外から来るのとでは社員様の捉え方も変わると思っています。どちらが響くのかは人によって異なる場合もありますので、「会社から連絡が来たから行くべきだ」と認識してもらうことも大事です。実際に、今年も受診率は好調に推移しています。
山本様:エムスリーとの取り組みは、トライアンドエラーを重ねながら、もう4年目になっていますからね。毎年、一つひとつ改善が進んでいて望ましい姿に近づいていると思っています。今回、未受診者へのファーストコンタクトから社内スタッフが関わる形になりましたが、その効果も表れており、更なる効果を期待しています。
──それでは最後に、これから健康経営に取り組む企業様へのアドバイスをいただいてもよろしいでしょうか。
山本様:健康経営とひと言でいっても、どこから手をつけたらいいのかは企業によって本当にさまざまです。今回の話では触れていませんが、生活習慣病やメンタルヘルスなどに対してのヘルスリテラシーの向上、個人の安全と職場の安全…など、挙げたらキリがないほどあるのですが、これらを完璧にできているのかと言われたら、まだまだ課題は山積しています。
一つひとつ課題を解決するために何をすべきなのかを考え、それに対して工夫を重ねて、粘り強く取り組んだことが結果に繋がっていると思います。そのような意味では現在は通過点ですね。私たちの場合、ここ最近は生活習慣病対策が少し手薄になっていました。そのため、生活習慣病対策のターゲットは誰で、何が問題なんだろう、という部分を探っている最中です。
これから始める企業様も、自社の課題について探りながら、決して一気に進むものではないと自覚しつつ、一つひとつ解決していくことが良いと思います。また、「ホワイト500」や「ブライト500」、「健康経営銘柄」などは取り組みの結果であることから社員のみなさんが心身ともに健康に働けているということを目標に置く方が良いのではないかと思います。それが最終的には、会社が良い方向へ進むきっかけになるはずです。
──本日はありがとうございました。
千の提言シリーズ
取り組む企業が16,000社を超えた健康経営。 そのお手本とも言える「ホワイト500」「ブライト500」企業は どんな失敗をし、何に悩み、どう成功パターンを発見したのか。 各企業の担当者に秘伝とも言える話を伺います。





