健康を誰にでもわかりやすく~健康指標「EBHS」の取り組み

津川友介
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部(内科)・公衆衛生大学院(医療政策学)准教授、医師。ハーバード大学博士課程修了(PhD)。聖路加国際病院、世界銀行、ハーバード公衆衛生大学院での勤務を経て、2017年より現職。JAMA Intern Med、BMJ等に原著論文を複数掲載。著書に週刊ダイヤモンドベスト経済学書第1位の「原因と結果の経済学」(ダイヤモンド社、中室牧子氏と共著)、「世界一わかりやすい医療政策の教科書」(医学書院)など。専門は医療政策学、医療経済学。
超高齢化、超少子化社会を迎えた日本にとって、今働いている人たちの健康こそが最も大事な資源となっています。心身や社会的な健康を維持しながら、楽しく長く暮らしてもらうために、はたして医療はどう取り組んでいくべきなのでしょうか?その答えの1つが慢性的な病気を早期段階で防ぐ「予防医療」の領域になります。
本コラムでは、予防医療の最前線に関わる医療従事者に、これから私達が豊かに暮らしていく方法を伺います。第1回目のゲストは、UCLA医学部(内科)・公衆衛生大学院(医療政策学)准教授で医師の津川友介先生にお話を伺いました。
健康において大事な情報を1つに集約した画期的な指標「EBHS Life」
──津川先生は現在エムスリーが開発・推進する健康指標「EBHS(エビス・Evidence Based Health Score)」の監修に携わり続け、より良い指標にすべく協力をし続けて頂いています。健康診断と生活習慣を用いてスコアを出すその手法は、医療に関係しない人にとって、まさに理解しやすく、改めやすい方法でもあります。その根本にある発想とはどんなものなのでしょうか。
そもそも30項目近くある健康診断の結果をそのまま読み解くのは医師にとっても難解です。一般の人にとっては非常に難しい。特に、1つの項目が良くなっても、1つの項目が悪くなっているような場合、全体としての良し悪しを判断するのは非常に迷う部分であると思います。これは我々統計学者の間では多次元の問題といいます。数値が2個あったら2次元、3個あれば3次元の問題になります。
例えば血糖値、脂質、血圧の収縮期・拡張期、など5つ程度の重要な数値をピックアップしても、5次元のデータになるわけで、今あなたは5次元でこの位置にいますよと言われても、人間の脳ではその意味を判断できません。
EBHSは次元を減らす(専門用語で「次元削減」と呼ぶ)ことで、今まで医師が行っていた次元を減らして判断する部分を1つの数字だけで行えるようにして、解釈可能な形にしたことが有用なポイントです。
「どう頑張ればいいのかが見えてくる」ことこそが重要
──自分の健康状態を一つの数字に落とし込む。健康診断を受けたことがある方なら誰しもが欲しい機能を実現したことで、どのような変化が生まれるのでしょうか。
元気に長生きしたい、楽しく過ごしたいという方にとっては、行動変容の基準点になりうると思っています。これは非常に重要な問題です。結局、糖尿病や高血圧といった所謂生活習慣によって、改善できる病気が改善しない最も大きい理由が『わかっちゃいるけど出来ない』なのです。この問題を解決するために、過去何十年と世界中で対策が行われていますが、一部喫煙などを除いて、明確に成果を上げているところがほぼ見られません。結局この問題は、『頑張っても成果がすぐに目に見えない』ということに帰結します。
美味しいものを食べる、怠けるといった行動はマイナスなりプラスなりリターンがその瞬間に得られます。それに対して、病気になる可能性が上下するというのはメリットを得られるのが20~30年後。これは行動経済学で「時間割引」と呼ばれる問題なのですが、先の未来と目前のリターンとを比較すると、先の未来に対して行動変容を行うのはハードルが非常に高くなってしまう。この問題を解消する上でEBHSの良いところは、頑張ったら頑張っただけ数字になってすぐに結果が見えるところがあります。加えて、健康への道標として『こっちが正しいよ』と教えてくれる点も有用なポイントでしょう。
受験勉強を思い浮かべてみてください。
中間試験などが一切なく、頑張れば18歳の時に大学に入れて、22歳のときに良い会社に入れるから頑張れと言われても、メリットが見えませんし、やっていることが正しいかもわかりませんから頑張り抜くのは難しいでしょう。合間合間にテストが定期的にあることで、一応正しい方向に向かっていると理解できますし、頑張ってみようと思えるものです。EBHSはそういう感じで迷子にならないように、正しい方向に行ってますよと教えてくれるものになります。
もちろん個人の価値観として今の生活が幸せだという人もいると思います。そういう人に、無理に健康的な生活を勧める必要はないと思います。ですが、本当は健康になりたい、健康に長生きしたいと思っているのに、自分がやっていることが正しいか分からない、という場合には、効果的に改善できるようになります。

正しい指標は誤った情報を避ける武器になる
他にも巷にあふれる誤った情報への対策にも活用できます。〇〇だけダイエットなど、流行り廃りはあるものの、様々な情報が溢れ、もっともらしい解説がつくことで、本当に効果があるものと思ってしまう場合も多いです。中には本当に効果のある方法も紛れてしまっているケースすらあります。これらを判断する一つの基準としてEBHSスコアの上下を見るのが有効とのことです。実践した結果、色々な検査の結果が変わってきたらEBHSのスコアが下がってきたのなら、これは正しい方法ではないのだと気づくことに繋がります。
こういった使い方は、世の中の健康情報で迷子になる人を減らすという意味でも重要なんじゃないかなと思っています。
より有用性の高い健康指標を作るために
──導入企業などからも、その使いやすさを評価されているEBHSですが、ここから先は他のデータとの連携などが図られていくそうです。こうすることで、より今の働く人たちの実態に即したデータ、数値へと進化を遂げることになります
例えば、日本は理論上はレセプトと人事が持っているデータが紐付けられています。そのようなちゃんとしたデータを揃って持っているという国は他にあまりありません。
健康診断データとストレスチェックデータに出退勤のデータを合わせることで、メンタルブレイクダウンを事前に防ぐことができるかもしれない。特にメンタルヘルスの問題は、データさえあれば予測が可能ですし、今後の日本の状況を考えれば、予測したほうが良いと思います。
ですが現状では、出退勤データなどはミドルマネージャーや上司に共有されて注意するだけで終わり、といった具合にもったいない使われ方をしている。必要なデータは企業の中に全部あるのに、我々人間の脳が多次元過ぎて評価できていない事例なわけです。これをEBHSのようにディメンションリダクションすることで、本来は色々なことを予測することができるようになります。
そうなると、ミドルマネージャーに、もっとダイレクトに「この人そろそろ介入したほうが良いよ」など、アルゴリズムでもう少し有用な情報を与えてあげられるようになり、メンタルヘルス改善につなげることができる。これは企業側にもメリットがあるので、勧めていくべきだと思っています。

まとめ
体の健康予測から、心や社会的な健康予測へ。予防医療の最前線は、さらに多くの人の健康を守るべく、広がり続けています。

DO100シリーズ
超高齢化を迎えた日本にとって、今働いている人たちの健康こそが最も大事な資源。 彼らの健康を守る予防医療の最前線では何が起きているのか。多くの医師・専門家100人に最新予防の切り口でインタビューします。